2026年1月背高泡立草 高野 ムツオ
黄金郷ジパングへ背高泡立草の波
ステンレスシンク蝗の脚くの字
眠られぬ熊の怒りか星無数
月の輪熊月の輪見せて怺え立つ
木の実なし鮭なし星屑喰うしかなし
眠れない熊の眼に初明り
松の根が初日を吸つてうねり出す
氷瀑に暮光はだけし母の胸
冬木桜腰が曲がつてから剛毅
大杉の冷えよりも切株の冷え
2026年2月壁のマント 高野 ムツオ
枯葉飛ぶ電波だらけの空なれど
首浮かべたきは冬日の芒原
行年の白鳥の声紅蓮なす
大年の壁のマントの飛翔形
冬の馬鈴薯めがけて獅子座流星群
冬日より貨物列車の到着す
さつきまで凍蝶だった朝の月
冬虹の首をもたげる底力
みちのくの冬青空へ撥釣瓶
刎頚の友桔槹と寒牡丹
2026年3月初暦 高野 ムツオ
駆込み乗車白息を翼とし
野に帰りたき田畑や冬の虹
蜂蜜屋落葉世界の一角に
落葉には落葉の意志があり集う
睾丸を諸手で摑み去年今年
大浪のごとくに反つて初暦
新たなる絶壁として初暦
気韻生動とは嫁が君その尻つ尾
切株に小鳥の御慶きりもなし
関根かな
窓に雪柩釘もて閉ざすとき
死者のみの死後の時間へ雪が降る
2026年4月牡丹雪 高野 ムツオ
時刻む音も聞こえぬ冬館
ボールペンのボールも冬の一天体
蝶浮かれ出る流感の高熱に
牡丹焚火髪振り乱し熾り出す
目を病めば見える冬空その深み
祖母が餅焼けば狐火取り囲む
湯湯婆を入れてあの世へ祖母戻る
どぶ板はかつて鍵盤冬の星
セーターより首出し首長龍の裔
牡丹雪天の横隔膜動き
2026年5月勿来川 高野 ムツオ
氷る夜の白鳥の歌上機嫌
白鳥の声布団へと潜り来る
ときに狂ときに果報と夜の白鳥
白鳥の饗宴の声夜を徹す
日の本に国境はなし夜の白鳥
夜の白鳥一燈二燈また一燈
近寄れば白鳥の首やはり鋼
日高見は白鳥の国来る勿れ
闇が濃し白鳥引きし勿来川
2026年6月蛸壺 高野 ムツオ
瓦礫より舌が伸び来る餅焼けば
桃の木の膚いよいよ雪を呼ぶ
空に噴井ありて風花こぼれ来る
死者の国目指し薄氷離岸せり
冷蔵庫白鳥引くと呻り出す
地球まだ一輪たるか梅一輪
梅ひらく此の世窮屈窮屈と
待春の空へ金魚の口無数
蛸壺の蛸にも三月十一日
旅人は永遠に帰らず鳥の恋
2026年7月釦 高野 ムツオ
コッペパンちぎられてから雪催
虹色の翅を授かり蝿生まる
春濤や死後も夷狄の一瓦礫
パンドラの箱に底なし蘆の角
春燈またもや釦かけ違う
冥婚へ天の祝儀の春の雷
御迎絵馬照らすことなし花篝
三陸の山の怒髪か山火事は
目薬を一滴雪解富士通過
豚足つるり梅雨の虹ふわり
2026年8月蝙蝠傘 高野 ムツオ
友は虫偏に限るや月上る
芋虫や月は地球を一回転
とんぼうがとんぼうと会う豊の秋
帰り花また止まりしは幻影か
あの袋おそらく海鼠また動く
牛乳は喉へ薄氷は海へ
春の蝿ぶむぶむぶむと島に生く
薔薇全部貪り食いたいほど孤独
七夕や蝙蝠傘が立つている
NHK俳句 句会より
2026年9月雪解川 高野 ムツオ
飯館村
ニホンオオカミ天狼残し絶滅す
先頭はおおかみ東北新幹線
人工知能時代の底で胡桃割る
曼珠沙華鱗茎冬を越す詩魂
鬼首温泉
間歇泉噴く喉が欲し寒燈
心臓のほか不動なり寒の鯉
寒木の影午後よりは花の色
鬼房忌
群想が止まぬと寒夜虹へ発つ
多賀城
土中まで貫く氷柱荒脛巾
福島
桃の木に女陰がありて猛吹雪
子の尿もて氷る田を荘厳す
蔵王
一木も氷つておらず樹氷林
きさらぎの水道管や泳ぐなら
天上も天下もなかり浮氷
海めざす龍の精液雪解川
大脳にこそ本物の春の闇
春風は海月の傘が開閉し
薄羽白蝶夜の病牀を巡回す
末黒野をどこまで行けど我は鬼
2025年の句