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小熊座・月刊
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2007 高野ムツオ(小熊座に掲載中)
2007年12月 大地讃頌 高野 ムツオ
幾億個目の流星ぞ今過ぎる
秋の日の奥へと曲り消える人
訛声も澄むべし水の秋なれば
歌ならば大地讃頌黄葉の頃
水中も壷中も枯葉飛ぶ一日
達谷窟
石窟は父祖の血溜り秋の暮
瑞巌寺
時雨来て襖に孔雀よみがえる
2007年11月 秋燕 高野ムツオ
今日よりは秋燕となり光となり
朝顔蕾の日々の瑠璃をなす
下野谷中村五句
秋暑今も臭へり谷中村の泥
釣船草百艘谷中村の消え
秋燕死を以て守る詩はあるか
ままこのしりぬぐい痩果を二つほど
蘆原をさ迷いおれば額に雨
2007年10月 白桃讃 高野ムツオ
白桃一個惑星一個ほど重し
水中を回れる桃のエクスタシー
桃を食う唇・歯・舌・喉もて
白桃やはじめに闇が滴れる
松山
炎天の子規堂なれば近づけず
われに余命ありて時々稲光
2007年9月 黄菅原 高野ムツオ
前生へ大虎杖を分け入りぬ
堀米秋良居
夏鷺聴くなら日召草舎かな
何を見たくて蔓紫陽花は中空へ
飯を食う蛍袋に入り損ね
病葉が昨日の空の割れ目から
胸奥へ分け入るごとし夏の霧
黄菅原ここはおそらく心臓部
2007年8月 夏の雨 高野 ムツオ
桃の花土中の骨の温みもて
恋いまだ暗礁にあり花の午後
夕燕この世の声をきらめかせ
実方の非業と雨の筍と
息を殺して飛ぶ寸前の草の絮
喉奥に春夕焼を溜めて立つ
一呼吸ごと一宇宙夏の雨
2007年7月 夏怒濤 高野 ムツオ
万象は胸より生まれ夏怒涛
蕗煮れば雨の匂いが彼方より
水引の花や百済の血は絶えず
虎杖や夕日の翼この世撃ち
山藤の気が触れたるが戦ぎ出す
死ぬときは何を見つめて花うぐい
水なべて欣喜雀躍走り梅雨
2007年6月号 谷間 高野 ムツオ
胞衣一枚広がり春の空となる
春野行沈んで浮かびまた沈み
人類はビルの谷間に春寒し
いつの世をこぼれて来たる春しぐれ
つかのまの入江のみどり雉子の声
春田より代田へ水の音楽が
蕗の薹十日の後は蕗菩薩
2007年5月号 裸身 高野 ムツオ
白鳥に押される水の恍惚と
また凍る父のタオルと夕日影
悲しみは音立てて来る薄氷
まだ果さぬ約束のあり笹鳴す
流氷となり軋むべしわが俳句
鳥帰る沼は裸身をきらめかせ
滝十五周年
一瀑を蔵して木の芽雨無限
2007年4月号 荒星 高野 ムツオ
荒星を磨きつづけて死ぬもよし
消して書き書いては消して凍裂す
冬の闇とは一頭の馬のこと
越すために峠はふりぬ冬桜
胎内へ誘う風花谷間より
飛ぶものに空は胎盤蘆の角
六十年の流氷夜の頭の中に
2007年3月号 われの闇 高野 ムツオ
白鳥は哀しからずや脇の下
白鳥の闇に隣りてわれの闇
白鳥の声より一夜解凍す
団塊は地の底の塊冬すみれ
未だ夕日舐めたことなし三十三才
光生むための旋回寒の鳶
大寒の鱗一枚我もまた
2007年2月号 眠る人 高野 ムツオ
歩み出すならば何処も恵方道
声もまた微塵となりて初雀
風邪引いてより木々の声聞こえ出す
煮干一山歳晩の潮満ちて来る
たましいが匂う万象枯れてより
海も冬の日差しも濾過し眠る人
悼松木利次
寒の鳶相模の海が見えるまで
2007年1月号 谷 高野 ムツオ
在ることがすなわち魔笛瓢の笛
瓢の実を出づるに丁度よき月夜
胸の扉の開く音せり冬の雨
冬公孫樹この世のものすべて脱ぎ
大林も紅玉もみな道の奧
冬の星いかなる神の頭の中ぞ
大年の光無限の谷一つ
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