小 熊 座 2026/2   №489  特別作品
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特別作品

2026.vol.42 no.489

木通沢

蘇武 啓子

  • ひこばえのあれは産声笑い声
  • 小社の鉄棒の錆遠郭公
  • 良夜かな影絵となりて列車過ぐ
  • 木通沢より雑木紅葉の始まりぬ
  • 新藁のにお全身で積む父か
  • 新松子父の亡き世を幾年か
  • 黒塚を探しあぐねし末の秋
  • 大綿の庭師の肩に消えにけり
  • 小春日のリビング過ぎる鳥の影
  • しぐるるや遺愛の帯の糸ほつれ
  • 立冬や旅の夕餉に湖の魚
  • 幾万の錆びし屋根越え白鳥来
  • 枯葦の浮島のごと朝日受け
  • 精進上げ終えて一人や竜の玉
  • しろそこひになるほど生きて冬あたたか
  • 路地裏の日を分け合って石蕗の花
  • 母と子の影絵あそびに狐来る
  • 幼子は乳を吸う夢聖夜なり
  • 冬日向ジュークボックスにある昭和
  • いにしえ人と同じ仕種で落葉掃く

手話

斉藤 雅子

  • ツーリング仲間の手話や薄紅葉
  • 黒塀の静寂を割りて秋日差す
  • 胡桃割る妻のどこかに鬼が棲む
  • 真夜に散る木の葉の音や黄泉の客
  • 綿虫が漂う今日の鬱の中
  • 茶の花のつぶやくようなLINE受く
  • この秋天に宇宙ゴミ散乱なんて
  • 寝不足の影が落葉を掃いており
  • 鍵っ子を迎え入れるは柿簾
  • 銃声の届かぬように帰り花
  • 初冠雪にはじまる吾の余生
  • 絵本読む行間に落つ木の実
  • ステンドグラスの一部ようろこ雲
  • クマ被害絶えることなく冬ざるる
  • マスクして本音眼に言わせおり
  • おでん食むテレビ映像は空爆
  • 淡々と積雪情報地震の地に
  • この郷の原点となる芒原
  • 草の実の飛んで居心地確かなり
  • 六秒で筋肉体操冬うらら

鬼やんま

岡村 直子

  • 月さやか下見板張大正館
  • 撫で牛の脚に触わりぬ竹の春
  • おちこちのベンチ街道を秋の風
  • 富士見ゆるはずの窓開け朝の霧
  • 産まれ得ぬ命のありし秋明菊
  • 鶲来る錆の進みしアンテナに
  • 秋日影求めて疾し蜆蝶
  • 墓場まで持っていく話榠櫨の実
  • 焔立つ石窯のピザ秋寒し
  • 探してた眼鏡出て来る冬隣
  • 市営墓地明るき処に野菊かな
  • 秋夕焼熊現れし山あたり
  • 父学ぶアインシュタイン冬灯
  • 葡萄棚低しアートフェスのグラス揺れ
  • ハロウィンや普段隠している尻尾
  • 急階段登らば秋蚕の臭いとも
  • 中るるも取り憑かるるも河豚の毒
  • 秋天に貝殻虫とハレルヤと
  • 文化の日磨いていない窓ガラス
  • ブロック塀猫の道なり実南天

渚の難題アポリア

武良 竜彦

  • 霜月の渚のアポリア寄せ返す
  • 冬渚命と水の永遠とわルフラン
  • 不知火の石牟礼道子が霊灯す
  • 冬の波漁人すなどりびとの舟歌に
  • 冬晴の幼霊あしたを指し示す
  • 初明り黙せるものの那由他経
  • 書き初めは経の一行墨光る
  • お燈明お燈明また春兆す
  • 祈り祈る海春暁の光凪
  • 語り継ぐ不知火外伝春の波

謝辞

高野ムツオ主宰のご厚意に甘えて、四年に亙り「小熊座」誌上で連載をさせていただきました石牟礼道子文学論を、二〇二六年二月にコールサック社から刊行する運びとなりました。内容は次の通り。

『石牟礼道子 たましいを浄化する文学』
はじめに 石牟礼道子文学との出会い
第一章 石牟礼道子文学が問いかけるもの
第二章 石牟礼道子文学と行動の七つのアポリア
第三章 石牟礼道子文学の精神的背景
第四章 石牟礼道子文学― 響き合う俳句と小説の世界
第五章 石牟礼道子文学を生み出したもの
むすびに 石牟礼道子の「あした」へ

第四章が「小熊座」連載の稿です。連載中、その後も同人その他の方々から、たくさんのお励ましの言葉を頂きました。紙面を借りて、心より御礼申し上げます。

(竜彦)

奄美行

石川 澄子

  • がじゅまるの気根ケンムン風鳴らし
  • ヒカゲヘゴ太古の空へ会いにゆく
  • 加計呂麻の野ボタン座せり神の原
  • 空港の出迎え奄美蝉時雨
  • 丸刈の蘇鉄の頭より新葉出づ
  • 共に生く蘇鉄は島の宝なり
  • 一村の絵画抜け来しつば紅蝶
  • 泥染の泥鎮まれば井守かな
  • あやまる岬引き潮透きて砂珊瑚
  • 煌煌と立神照らす月の道

田中一村記念美術館(二〇〇一年開館)

美術館は五十歳で渡り終焉の地となった奄美パークにある。彫刻家の父の元、七歳の「菊図」が残る一村(1908 ~ 1977) には才能に魅了された支援者がいた。千葉村時代から物心両面で支え続けた岡田藤助氏の親族は、その遺志を継ぎ他の支援者と共に館設立に尽力した。以後自宅を拠点に「一村のアトリエ」として様々な活動を展開。私も講演会でファンとなった一人である。今回の旅の目的は二つ。秋の企画展と関連した「岡田家と一村」の講演会と新設されたアマホームPLAZA の多目的ホールの一村縁の鍛帳。講演会では、一時千葉に帰った一村(すでに家は撤去) に住居兼画室として提供された国立千葉療養所所長長官舎の様子が投影され、三男四男その妻の三氏が各々に思い出や感慨を語られた。旅の最終日眼にした鍛帳は、西陣織で原画は「奄美の海に蘇鉄とアダン」講演会で語られた官舎で描き上げ、藤助氏に贈呈された絵である。海には立神が一村の想いを伝えるべく描かれている。

(澄子)

 

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