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 小熊座・月刊

鬼房の秀作を読む(176)

2025.vol.41 no.479

かなしみは背後より来る抱卵期

鬼房『半跏坐』(平成元年刊)

ふと膝を抱えてたり、とぼとぼと歩いたり、あるいは毛布を抱いているときには、背後に悲しみがやってきているのかも。この句を読んでそんな気がしてきた。ときに鼻の奥がきゅんと痛くなるのも、背中に来た悲しみにつつかれている気がしてくる。そんな風に共鳴しながら読んでいくと、最後に「抱卵期」が現われる。鳥が卵を抱いて温める頃、人間は悲しみを増幅させている気配。あるいは、抱卵する鳥たちの背に悲しみを見ているとも読めるだろう。

句集『半跏坐』にある句だが「秋深き隣に旅の赤子泣く」「冬の蝶完璧に飛び毀れたり」などの句にも、鬼房の背後に悲しみが迫っているように感じる。

作家には、生まれ育った風土が大きく影響する。鬼房より十六年早く生まれ、二十六歳で亡くなった芝不器男は、大学時代一年足らずを仙台で暮らした。故郷(愛媛県北宇和郡松野町)の姪に当てた手紙にこう書く。「仙台もどうにか春らしくなつた。いや、おかげで春らしくなつたと云ひたい様な気持だ。はじめての南国生れの僕の東北の冬の経験は、ほんとに恐ろしいものだつた。毎日々々、丁度頭の上に濁つた空がかゝり、その下を風が狂ふ。…」(小著『芝不器男への旅』)。さびしさに行き当たりながら遠くまでぶらぶらと歩いた。そしてこの地で、もっとも充実した作品を残した。いずれ俳人鬼房がかなしみを育てる地だ。

(谷 さやん「窓の会」常連)

鬼房先生と会ったのは、宮城県俳句大会の席上での一度だけだった。実直な人柄が感じられ、まなざしがとても優しかった。お弟子さん達に車椅子を押してもらい、エレベーターに乗った姿が印象に残っている。

この句は第九句集「半跏坐」に納められており、第五回日本詩歌文学館賞を受けた。

句は雀や雁などの野鳥が卵を抱く抱卵期に蛇や狐などの天敵に背後から襲われた一瞬を詠んだのだろう。抱卵期は自分の分身の卵を肌で温めて、新たな命の鼓動を感じる幸福期なのに、不運にも不幸な結果になってしまった。親鳥の嘆きはいかばかりか。野性ではたまたま起こる事であり、その他たくさんの危機を乗り越えて命が繋がっていく。また自分の身を犠牲にして子を守ろうと必死に動くのが親鳥だ。それを遺伝子とか本能と言うのはあまりにも寂しい。親の行動は単なる本能ではなく愛だと信じたい。

十月初旬、我が家の上を雁が渡って来る。よく晴れて海も空も青々と澄みきった日だ。先頭の雁が後を見ながら大声で励ましている様子がわかる。シベリアの地ではこの句と同様の事が起きている。それでも親鳥は懸命に子を守り、越冬地へ家族、仲間と共に群を作り渡って来る。

この句でたくさんの光景がイメージできた。鬼房先生のすばらしい感性に触れて本当によかった。感謝です。

(佐藤 みね)