小 熊 座 2022/6   №445 小熊座の好句
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    2022/6 №445 小熊座の好句  高野ムツオ


  ロシアによるウクライナ侵攻のニュースに心を痛めている。同時に平和である

 ことに安閑として、ただ馬齢をむさぼるばかりだった自分の脳天気ぶりに呆れ恥

 じてもいる。原子力に安全神話がないのと同じように核依存の世界にもともと

 平和神話はないのだ。その当たり前のことを、この侵略は教えてくれたと今更

 ながら気づいている。

  さまざまなニュースからロシアの主張の虚偽性や偏りを知り、ウクライナの無

 抵抗の人々、ことに女性や子供の犠牲者の数が日々脹れ上がることに、人並

 みながらも悲しみや怒りを募らせてもいる。だが、では、ここに至るまでのロシ

 アとウクライナの軋轢の歴史にどこまで関心や知識があったかと問われるなら、

 また、ただ小さくなって頭を隠すしかないのだ。両国にどんな困難や犠牲があっ

 て今日を迎えたのか知らずして、本当の意味での悲しみや怒りを共有すること

 はできない。そんなことに思い至ると、この二国だけではなく、世界各地の歴史

 や出来事にあまりに無関心、無知識であったことに気づき愕然となる。「無知は

 罪なり」というソクラテスの言葉が脳裏を過ぎるのだ、だが、ソクラテスは「知は

 空虚なり、英知持つもの英雄なり」とも付け加えている。広く知ることよりも物

 事の本質を見極める知力が肝要ということだろう。人間全体を破滅に導きかね

 ない今回の危機は、今日を生きる一人一人に、人間の本質とは何かを見極め、

 どう生きなければならないかを探り行動することを、緊急性を伴って突き付けて

 いる。

    蕗の薹兵器に満つる星なれど        須﨑 敏之

  その矛盾に満ちた人間の生き方と自然のあり方を象徴的に表現した句とい

 えようか。蕗の薹と対比、対立させた下五の倒置表現から、悲観や諦観を読み

 取るだけで終わってはならない。土の中から姿を表したばかりの蕗の薹が、あ

 るがままの無垢無心こそ無上であることを象徴している点に気付かなければな

 らない。蕗の薹は、まるで暗愚世界の修羅を彷徨う人間に、未来のあり方を教

 えるために生まれ出た菩薩のようでさえある。

    花の雨我も令和の避難民          水月 りの

  昭和を戦争と復興の時代と呼ぶとすれば、平成は平和とその衰退の時代とい

 うことになるだろうか。では令和はどんな時代になるか。あまり明るい展望は開

 けそうにない。だから避難するとしても何処へ逃れればよいか途方に暮れそう

 である。この句の作者は、避難民と自ら名乗りながらも、さほど嘆き悲しんでい

 る訳でもない。むしろ、その不遇を楽しんですらいるようにも感じられる。いや

 楽しまないと生きていけないのである。予想不能の不透明な未来を生きるた

 めの、言わば開き直りにも似た強かさである。その精神自体が花の雨に濡れ

 ながら、ただ黙って立っている。

    クロッカス一列上空にヘリコプター      高橋  薫

    長閑とは血を見ぬことか出鱈目か      岡本 行人

    荒ラ荒ラと蝶の動体視力かな         春日 石疼

    両岸を狭めて花の合掌す           後藤よしみ






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