小 熊 座 2022/2   №441 小熊座の好句
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    2022/2 №441 小熊座の好句  高野ムツオ


    鯨食う津波の町を離れずに        土屋 遊蛍

  鯨を食料として利用し始めたのは、五千年程前あたりかららしい。奥松島縄

 文村歴史資料館でだったか、貝塚に鯨の骨が混じっているのを見たことがあ

 る。ただし縄文時代には鯨漁はなかったという。大型の鯨を捕獲するのは容易

 ではないので、もし行ったとしても、丸木舟の集団で湾内に追い込み、弱った鯨

 が力尽きて漂着するのを待ったのではないかと推測されている。鯨が餌を追い

 かけているうち誤って浅瀬に迷い込んだり、シャチなど外敵に追われて浜に打

 ち上げられることもあったろう。鯨はその集落の人々の十分な食料となり、骨な

 ども多様に利用されてきた。

  流れ着いた鯨を座礁鯨というが、古くは寄り鯨と呼んだ。神からの授かりもの

 であったので寄り神とも名付けられた。それが神格化されたのが恵比寿神であ

 る。

  東日本大震災で女川町が壊滅的な被害にあったのは地元ではよく知られてい

 るが、当時の新聞の扱いはほとんど目立たなかった。気仙沼や石巻に比べて数

 字上の被害が小さかったせいだろう。報道もまたけっして公平ではないのだ。

 この句の鯨肉は、噛みにくい昔の竜田揚げがいいか、血のしたたる刺身がい

 いかは鑑賞者の自由でいいだろう。だが、その被災の町にしがみつきながら、

 必死に鯨をほおばる、その姿に土着のエネルギーの熱い迸りを受け止める。女

 川もまた鮎川同様、鯨の町。ちなみに作者は女川の出身。

    廃運河芥の上に積もる雪        平山 北舟

  大震災後の運河と限定する必要はないが、津波で集落が流され運河として

 の役目を終えた河は被災地のあちこちに見受けられる。芥は文字通りごみくず

 のことだが、どれもがかつてはそれぞれに固有の形をなし、人の暮らしを支えて

 きたものだったにちがいない。その役目を終え、ただの木片となり、あるいは塵

 芥となり河岸に固まり浮いている。その上に清浄の雪が癒やしのように降り積

 もるのである。作者は学生時代、漕艇部で活躍した人。その時見た情景も重な

 っている。

    直立に伸びて白神葱となる        椊田 浩子

  白神葱は能代市を中心に栽培されている葱の名である。初めて知ったが、お

 そらくは近年の地場産野菜をアピールするため、名付けられた一つであろう。

 実物は見たことがないが、画像ではなるほど白い部分が真っ直ぐ長い。その様

 をいかにも葱自身の意志で伸び、化身したように表現したのである。「白神葱」

 は白神山地にちなんだものだが、神の手によって生まれたように読める。作者

 は秋田の人。

  これら三句に共通しているのは、それぞれ物の力が働いていることだ。しか

 も、自身の体験の裏付けがある。俳句は物に語らせる詩であることを銘記し

 てほしい。最近の小熊座は同人集、小熊座集ともに観念や理屈を述べたり、用

 語の奇をてらったように感じられる句が少なくなく、私が誤った影響を与えてい

 るのかと悲しくなる。自分の知識を披露するのが俳句ではない。普段から身に

 ついた言葉で粘り強く形象し、そこに自身を黙示するのが俳句である。





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