小 熊 座 2022/1   №440  特別作品
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     2022/1    №440   特別作品


        時は流れる         野 田 青玲子


    妻の幻影大姿見の灯に凍る

    柚子風呂に我が老骨を組み直す

    酷寒の大観音の視座に死す

        高木恭造
    ()コあだネ村を出る無し狸汁

    潜り寝に亡き妻も来て春を待つ

    奈落めく妻の墓穴寒すばる

    鍵盤をわたる猫在り漱石忌

    鳥獣も来て阿弖流爲の滝凍る

    動き出す冬のブランコ無人らし

    流氷の街に一人の何でも医

    亡き妻とバスに乗り込む春時雨

    位牌らに百合の香届く仮設寺

    西瓜食ふ来世も同じ妻と居て

    抽象の彩をばら撒く画家暑し

    落石が落ち着く朱夏の溺谷

    刺青の腕が刃を研ぐ山背風荒れ

    凌霄花ポタリと落ちて誰か死す

    鰻らに月がかがやく汽水帯

    黄雀風魚拓の魚を息づかす

    夜長の灯話の切れ目淵に似て



        散 華         蘇 武 啓 子


    海図なき旅は終りか岩燕

    土器探す河岸段丘藤の花

    水飯や箸にも棒にもかからぬ句

    雑踏に踊りの鳴子突き上がる

    鉦叩通し柱が天を突く

    今戻りし猫の鼻先月の冷え

    積ん読に虫の音乗って来るゆうべ

    鱗雲切り取り吾子の壁紙に

    ペギー葉山聞こえてきそう蔦紅葉

    百済人の金打つ音か尉鶲

    この星の語部秋のメタセコイア

    藻屑火に両手をかざす帰燕以後

    銀杏散る絵馬カラカラと音を立て

    冬紅葉谷間のクレー射撃場

    罪人めく冬の朝日の正面は

    冬晴れや吊革一斉に前のめり

    初雪は散華となりて石に木に

    大根引く空の一片はがれ落つ

    半日は捜し物なり薮柑子

    郷に入っては郷に従え寒鴉



        ロープシンの詩集       鎌 倉 道 彦


    啄木忌指関節が曲がっている

    春光の曲がりくるサイフォンの丸み

    麦嵐ここは縄文ごみ捨て場

    夏草や戸の傾いた牛舎あり

    水も土もときには凶器梅雨の雲

    蟬の殻透けて地中の色と香と

    脳が流れでたのか蒸し暑き夜

    足首に鎖ある夢昼寝覚

    夏深し暗室の空気べたつく

    溽暑の学食ロープシンの詩集

    デモ隊の蛇行晩夏の交差点

    秋時雨反戦デモの群にいる

    わが反旗たとえば蟷螂の鎌よ

    秋涼し石膏しこむ雌型

    秋の雷プレパラートのミドリムシ

    山姥の寝息か無月の森に風

    街病んで歪んで少年の秋思

    星飛んでわれ水底に横わたる

    虎落笛阿弖流爲の声われの声

    おしら様遠野は冬の陽の底に



        背高泡立草         丸 山 みづほ


    秋の雲ドックのクレーン腕伸ばす

    検温や鯊釣り並ぶ塩竈港

    雁渡巡航船は定刻に

    黒糖飴口に秋思の小半時

    さはやかや二匹の猫に迎へられ

    秋日濃し方角石に「北」の無く

    縛り地蔵の毛糸の帽子新しき

    どこからか遊女泣く声野紺菊

    鵙高音人に出会はぬ島歩き

    砲台跡までまもなくや落葉道

    浜菊や砲台跡の標朽ち

    海へ向く三つの祠秋薊

    鎮魂の一打を海へ秋の蝶

    海桐の実展望台に一人立つ

    鬼の子の揺るる寒風沢神明社

    山ぶだう六地蔵への曲がり角

    島人の見上ぐる先や通草の実

    末枯やまたもや猫のあらはるる

    島を囲む防潮堤や泡立草

    島の闇を蔵し背高泡立草



        ハローグッバイ         遅 沢 いづみ


    二十年勤続後無期夏季休暇

    梅雨に入るアジトのやうな事務所かな

    職安の紫陽花に並ぶ自転車

    求職にハローや百合の小ホール

    炎昼のコジマの十字路を右折

    清原と川田の球場で日焼け

    行く夏の風めくる悔しの手帖

    しまむらの白いブラウス休暇明け

    城跡や福祉の町に秋の風

    今かまだかと銀杏並木のもみぢ

    もみいづる産業会館とわたし

    ほうき草だんだんかん高い会話

    ドテカボチャかなしきことを面白く

    八階の歯みがく人に秋日差

    秋高き昭和期の放送設備

    朝日差す黄落の中央通り

    月夜の餃子ライスご飯おかわり

    乾燥芋は乾燥芋用の薩摩芋

    秋晴れや南に平野西に山

    銀杏散りゆく十字路のロッテリア





 
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