小 熊 座 2021/9   №436  特別作品
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      2021/9    №436   特別作品



        八月来         我 妻 民 雄


    脚二本尻より生えて青き踏む

    猿島の尾根道(みじか)にほひ鳥

    どの声もちよつと字足らずホーッホケッ

    蝮蛇草あさより闇をかかげゐる

    差別化と差別ちがうや花衣

    人格を円あるくすべく丸眼鏡

    大岳山山頂直下山法師

    天からの天蚕糸(てぐす)は見えねやまぼふし

    バリトンは肚から梅雨の大き月

    「港人雨中痛別(こうじんうちゅうつうべつ)」からす瓜の花 
香港の蘋果日報終刊す

    声高(こわだか)の磯ひよどりに目覚めたり

    水牛の背中の広さ沖縄忌

    手の甲にぺたと落ちては守宮消ゆ

    南瓜生り『夢声戦争日記』果つ

    ヒデーコトシヤガル二度モ八月来

    武蔵野坐令和神社(むさしのにいますれいわじんじゃ)のいぼむしり

    大陸の一女は如何に鋸叩

    水引草の紅きが無数淋しけれ

    上顎と下顎痒しとろろ汁

    啄木鳥の木屑日当りつつ降りぬ



        どうにも         津 髙 里永子


    崩し字を真似してをればバナナに斑

    釜蓋朔日鉢植の土減つてゐる

    サングラスはづして鴉追ひ払ふ

    袋掛規格サイズにふくらみぬ

    黒着れば雷鳴とどく地下茶房

    まつすぐにすわらぬ男朝曇

    愚痴あとで聞くよ餡蜜食べちやえよ

    ぶだう酒はワインに非ず夏館

    くちなはや暗がりに水競ひ落ち

    雑音に聞こえ出したる蟬時雨

    洗ひたる造花西日に吊しけり

    スリッパに滑りごきぶり逃したる

    手花火や車輌通過の高架下

    露天湯の翅まであかき赤とんぼ

    飛石のまろさが怖し星祭

    肩幅を仕立て直せり涼新た

    梨食うてしばし夜明けの淑女かな

    割れば黄の西瓜知らぬは私のみ

    桃冷やす地球のあをさ思ひつつ

    銀漢につどふ古代の未来都市



        アペリテイフ       山野井 朝 香


    宵祭蹠に熱き石畳

    暁の胸の奥にてあおじ鳴く

    喪の真珠はずすうなじの立夏かな

    青簾つつましやかに男老ゆ

    ラムネ玉鳴るは思い出三丁目

    戦争を忘れぬ樫の茂りかな

    前よりも下手な言い訳竹落葉

    昼顔は遠余所の花地蔵道

    黴匂うリュックにシネマの半券が

    朝焼や鯉の行き交う邑波川

    放心をやわらげているクレマチス

    正面を見せる事なし螢袋

    誘蛾灯に迷い込みたる少年期

    嫂の吐息をほぐす夜の植田

    夏椿挿すも淋しき客間かな

    助手席に置かれしままのサングラス

    アペリティフ太宰治を読む晩夏

    梅雨一と日シシリアンライス昼餉にす

    音はみな行先があり江戸風鈴

    無花果は孤独の重さ針仕事



        雨の匂ひ         柳   正 子


    六月の雨の匂ひは祖母のごと

    梅雨晴れの少し濡れてるやうな富士

    通し鴨汝の故郷は東京都

    夕焼の滴り止まぬ日本海

    どの部屋も音なく涼し古廂

    乗鞍や夏の星座はやはらかし

    裏山の秘めたる力積乱雲

    一日の歪みて終る極暑かな

    風となり草原抜ける夏の夢

    仰臥して夏の夜空の中に寝る

    青胡桃朝の光に濡れながら

    ポストまで急ぐ雷鳴浴びながら

    夕闇の切れ目次次蚊喰鳥

    水底も此の世や水蠆の羽化を待つ

    言葉欲しとびつく飛蝗見てあれば

    夕暮の誰もが一人牛蛙

    世に飽きし心まくなぎにも飽きて

    玉の汗先づ精魂が汗まみれ

    常磐木落葉みんな違つて集まれる

    根無し草寄り合ひ人はばらばらに





 
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