小 熊 座 2021/8   №435  特別作品
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      2021/8    №435   特別作品



        桜 守         髙 橋 彩 子


    先ず指を立てて風視る桜守

    地下足袋の小鉤きっちり桜守

    片頰に深き傷跡桜守

    神に神我に祖あり亀の鳴き

    後より鬼房の咳花朧

    海市より鬼房の杖届きけり

    夏猫の等高線にいざり寄る

    黒点か飛蚊症否熊ん蜂

    熊ん蜂カーブミラーに激突す

    耳鳴りに紛れて熊蜂の吐息

    熊蜂と刺し違えたき夕間暮

    百日紅凭れておれば身の渇く

    此岸から彼岸へ渡す蛍籠

    身体の昏きところに姫蛍

    死ぬときは死にます蛍籠抱え

    人間の形不自由蛇の衣

    柘榴割れるまで黙ってくれないか

    本当は鶴か山本安英の首

    雪女緋色の蹴出し見せてみよ

    靺鞨の空より淡き雪女



        拾遺再生工房(1)      春 日 石 疼


    蛞蝓の銀の航跡俘虜日記

    子が閉ぢる母のまなぶた月見草

    ツン読に古生層あり大西日

    炎天の焦点はここ頭蓋骨

    手花火や母さん恋しと泣く蛭子

    寝たきりのすててこであり生きるなり

    十月のあさがほ鋏入れる音

    虫の闇左右に穿ち歩くなり

    秋気澄む終止和音の余韻にも

    廻廊をかつかつ歩く三島の忌

    寒燈のひとつが狐憑きの家

    死臭届かず原発の枯葎

    汚染水タンク一千冬日濃し

    顳顬へ妻が圧雪削る音

    吹雪く夜舐めれば傷の暖かく

    わが手足化石となれず寒北斗

    副虹が消え入る冬のきぬぎぬに

    海溝に沈む断層冬の雷

    黙禱の体軸揺する花菜風

    わが洞は今日も三月十二日



        琉 陰         中 村   春



    薄明の鳥の一声木の根開く

    女子寮のだれも飼主はらみ猫

    胸に抱く一寸法師春の航

    稜線に日のおとろへや半仙戯

    連翹やかつてわたしも弓なりに

    沖縄戦くぐり来し椀木の目和

    聖鐘へ螺旋を上る夏の昼

    研修医の親指ピアノ子供の日

    風信子マザーグースを読み聞かせ

    朧よりドクターヘリの明かりかな

    白蛇のまぐはひ風のふつと止む

    てのひらの戦艦大和夏来る

    琉陰やまわしまわして白日傘

    恐竜の骨と並びて水中花

    葉ざくらや逆縁の子の家族葬

    自販機に声かけられる目借時

    めざし食ふ無告の民ののどぼとけ

    ゴム風船飛ぶ「考える人」の上

    三光鳥鳴くよやんばる原生林

    木道に老母の一歩水温む



        緑 雨         杉   美 春


    濡れそぼるとは水無月の駱駝の毛

    縞馬の悄然と立つ緑雨かな

    亀の子の口に水泡をひとつつけ

    梅雨冷えやコンドル固く羽閉ざす

    黒南風や路地から路地へ犬の声

    藍走る風切り羽や鴨涼し

    いつまでも青野で待つと伝言板

    油断せし蟹と目の合ふ潮溜り

    父なくて母なくて草茂りけり

    心臓に弁膜四つ明易し

    錆の浮くペーパーナイフ太宰の忌

    夏至ゆうべ手に滑らかな蛇紋石

    農道の端から暮れて立葵

    言いかけて呑みこむ言葉心太

    紫雲英田に落としたままの野球帽

    弟がゐた遠き日の葡萄棚

    夏服やふはりとスパイスの匂ひ

    白シャツの肩の細さや変声期

    梅雨寒や紅うつすらと萩茶碗

    沈香の漂ふ闇や蟬丸忌



        初春の候        古 川 修 治


    春の川流れ追いかけ散歩道

    春残しどこに見えるか一番星

    駐車場車内に響く春嵐

    陽炎を追いかけ走る子の背中

    待機室目線動かぬ受験生

    上流の流れを見つめ八重桜

    教室にテープ流れて卒業歌

    仲春の境内入り深呼吸

    春一番上空高く砂埃

    山奥を優しく包む朧月

    夕焼けを遠くに眺め春時雨

    去年より近いところで山笑う

    公園に一人もいない春休み

    早朝の電車に揺られ新社員

    強風を横受けながら春日傘

    虹鱒を目で追いかけて親の肩

    城内に迷いこまれし春の雁

    ゆっくりと風吹き抜けて朝寝かな

    店頭の深夜を守る桜餅

    春の明けゆっくり走る高架線






 
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