小 熊 座 2021/6   №433  特別作品
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      2021/6    №433   特別作品



        閼伽桶         日 下 節 子


    閼伽桶の水に青空犬ふぐり

    擂粉木の音何処より入彼岸

    掌に包み草餅をまづ供へけり

    金盞花一輪なれど供華とせり

    囀や墓標に語りかける間も

    なかぞらより鳶の声降る彼岸過

    風光る堤防高山開治郎

    黙もよし一人もよしや夕桜

    一目千本桜この世に戻りくる

    満開の花に地霊の宿る夕

    合掌や影重くして糸ざくら

    母が待つ枝垂ざくらの向う岸

    店蔵の軒端が好きよつばくらめ

    燕の巣二つ今年も荒物屋

    店蔵に屋号はひとつつばくらめ

    いつの間にぺんぺん草が屋根の上

    屋敷神のまはりもつとも緑立つ

    朧夜のおぼろに在す屋敷神

    鐘おぼろ川のむかうの灯がゆれる

    はくれんの開きそめたる空の色



        霾 晦         及 川 真梨子


    枝先に行けば行くほど春光

    席替えやまず春光の座りたる

    春寒やパンチの穴の右にずれ

    アクリルの透明な壁よもぎ餅

    階下から祖母の足音春の宵

    ひび割れた歩道恋の話の足元に

    春宵のグラスに氷溶け残る

    陸橋を春夜の端として眠る

    魂も同じ温度や春の水

    青空に境目のあり紙風船

    わたくしという容れ物や牡丹雪

    孤独には鋭角多しすみれ草

    白鳥やわたし垂直すぎやせぬか

    よなぐもりいつか巨大な街となる

    一編の詩となり吹かれば春ショール

    事務用椅子は軋み続けて春の星

    うららかやたちまち乾く作業服

    奪うべき愛かも淡雪降るばかり

    恋知らぬすみれと自由なわたし

    煌々と残業しんしんと霾晦



        姉恋い         渡 辺 誠一郎


    黄砂降るまちに姉なき夕べかな

    花の野の姉の影だけ離れゆく

    恋猫を追って帰らぬ姉ひとり

    目瞑らぬ姉の遺した雛かな

    数珠さげて姉は蓬を摘みにけり

    姉逝くや泣きの涙に浮かびつつ

    常闇へ姉を連れ去る蟾蜍

    火の影に浮びし姉の素足かな

    夏の宵姉の寝床の荒れどうし

    夏の夜姉の愛した漆の木

    シーツから素足はみ出る遊びして

    心音微か姉の墜ちゆく蛍闇

    かがんぼう姉の面影毀すなり

    熱帯夜姉はいつもの鸚鵡抱く

    やわはだの痩せほそりゆく夕月夜

    柱から傷の消えゆく秋の暮

    行く秋の身の剝落続くなり

    風花に声があるなら姉の声

    寒鯉に隠れし姉を見つけたり

    躾糸解いて姉は夢殿へ



        薔薇の方舟         水 月 り の


    カイザルの帽子に浮かぶ春の月

    雁風呂に雪白姫と林太郞

    ふらここに剝製のマリーアントワネット

    薔薇を食う父と娘と黒い猫

    風薫るアンドレジイドの「背徳者」

    辻褄のもつれたままの蝸牛

    薔薇の刺踏みし時より潔癖症

    かじりかけのチョコレエト置く桜桃忌

    旅人は帰らずクリスマスローズ

    百万本の薔薇積みし三日月の方舟


     「人間の最も大切なことは死の覚悟だ」と常日頃から語っていたという森鷗外。そんなオー

    ガイを父に持つ森茉莉は、幼い頃から腎臓が弱く、柿の葉をせんじて飲んだりしていたが、そ

    れが切れた折、薔薇の花びらを食べていたこともあるらしい。

     遥かに遠い思い出だが、大学受験の現代国語の問題で、森鷗外が森林太郞として死にたい

    と言い、森林太郎として死んだ事を知った。その魂がいかに束縛に苦しみ、そしてその解放を

    望んでいたのか、その孤独に胸が苦しくなり、しばし、仙台から東京まで受験に来ている身の

    上である事を忘れてしまった。

     くしくも、森林太郎の墓は、太宰治の墓のある三鷹禅林寺にある。太宰治は、津島修治とし

    てではなく、あくまで、太宰治としてこの世を去った。

     森茉莉はそのまま森茉莉であり、森茉莉として生き森茉莉として死んだ。森林太郎、志げら

    の眠る、森家墓に埋葬されたのである。                            (りの)




        終 電         岡 本 行 人


    汚染水魚人間春の雨

    トリチウムプルトニウムや子どもの日

    つばくらめ裏切りを知りどこへゆく

    戦争は春風の吹く先にあり

    豆飯をう暇もなく時を

    共和国カエルは軍歌を唄いけり

    遠足バス夜の国境線を行く

    血しぶきやのどかな春のシミとなり

    自殺者を忘れ追い越しゆく春よ

    未来とは終わりを刻む遍路かな


    地球史上初、自ら絶滅を手繰り寄せる人類。さようなら恐竜。さようなら人間。感染症が終

   息したら、ただいまおかえり。ロスタイムの世界。時間はあと少し。

    パンデミック。首つり自殺。緊急事態宣言。聖火リレー。人種差別。地球虐待。資本主義。

   止まらない地獄行きの特急列車。次に振り落とされるのは誰? あなたも私も仲良く踊ろう。

   自傷行為。自慰行為。束の間の痛みと快楽で、現実から夢の世界へ。私だけが入れるディ

   ズニーランド。ハロー。ハロー。

    僅かなロスタイムを能動的に投げ棄てる世界。自らの心臓を食べて言葉を吐き出す私。

   この世界と私は、哀しいほどによく似ている。私に似ている世界。大っ嫌い。

    綺麗な道を歩いても、汚い道を歩いても、最後に辿りつくのが同じ場所だとしたら。あなた

   は私を殺すでしょうか。私は言葉を吐き出すでしょう。それがあなたに刺さればいい。息が止

   まるくらいに深く刺さればいい。                                (行人)






 
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