小 熊 座 2021/3   №430  特別作品
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      2021/3    №430   特別作品



      不知火經 方便品第参 不知火幻視篇    武 良 竜 彦


    すめらぎも知らぬ竜灯揺れ止まず

    不知火や天の岩屋が閉じし闇

    不知火や天岩戸を沈ませて

    不知火やあめのうずめの溺死体

    不知火や沈みし方舟浮かび来る

    不知火に天の磐笛波間より

    不知火や特攻沖に飛沫上ぐ

    不知火も見しや長崎茸雲

    不知火や天に昇れぬ龍の棲む

    不知火は闇だけに棲む妖鬼なり

    不知火や商館「日本」の沈む沖

    鳥の降る沖に不知火燃え盛る

    不知火や散る散るメチル水銀禍

    不知火や飼猫ミイが死の舞を

    不知火は無名の民の名札なり

    不知火や今日もしらほね軋む音

    不知火や命果てても語るもの

    不知火の点れば胸の焦げるなり

    不知火は語り部あえかに明日照らす

    語り部のかたり疲れて竜灯は



        春落葉         植 木 國 夫


    秋の蝶二時四十六分の針

    大花野真中に除染袋坐す

    ひめむかしよもぎ除染夫の国訛り

    廃屋につづく廃屋荻の声

    痩せ牛の眸くもるや神の旅

    どかどかと凍土けちらすぬた場かな

        津島小は浪江町津島地区、福島県で放射線量が最高値に在る

    冬たんぽぽ入るを許さぬ津島小

    冬木の芽仮設校舎に児のひとり

    中間貯蔵地の鴉冬ざるる

    冬ざれや汚染水の甕渺渺と

    狐火や瓦礫に遺る藁人形

    白狼の遠吠のくる雪こんこ

    冬の虹歪む被曝牛の髑髏

    牛の背ナ動けば冬の闇ひろがる

    一つ灯の寄れば遠のく枯野道

    御降りや廃炉に向かふ髭面に

    騎初の蹄音砂に置いてゆく

    帰還困難地雪女しか居らず

    菫咲く取り壊されし家のあひ

    春落葉敲くよ小さき震災碑



        春の闇         渡 辺 誠一郎


    十年は多く語らず冬すみれ

    海鼠より固きもの嚙み釈然と

    乱れる前の女のごとく鶴凍る

    テーブルは幾度も拭かれ冬青空

    寒晴れやわが影のみが頼りなく

    冬に生き延び大皿打ち割りぬ

    雪降るや雪の扉を見しあとに

    寒木に並び立つのは父なりき

    失墜の真昼白菜をもらい受く

    パンデミック月光仮面のマスク欲し

    息ひそめるなら大白鳥の翼なか

    熱燗や微かに残る猪口の紅

    妹と海を見ている日向ぼこ

    福引きや空の青さの限りなし

    遠投は得意なりけり豆を撒く

    階段の近くに蛇口柳の芽

    寒明けの水へ水へと影の寄り

    春の闇六法全書と資本論

    あの日より手から離れぬ桜貝

    自販機に微かなる音水ぬるむ





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