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   鬼房の秀作を読む (120)      2020.vol.36 no.424



         血を吐かぬほととぎすなど用はなし     鬼房

                                   『幻 夢』(平成十六年刊)



  「鳴いて血を吐くほととぎす」という言葉がある。口の中が真っ赤で、鋭く甲高い声で鳴く

 ほととぎすの様が、まるで血を吐いているようだということから、このように表現された。ま

 た、この言葉は中国の故事にも由来し、ほととぎすの漢字表記は、杜鵑、杜宇、蜀魂、不

 如帰、時鳥、子規、田鵑など多岐にわたる。正岡子規が、結核を患い喀血する自身をほと

 とぎすに重ねて俳号を子規と名乗り、俳誌 『ホトトギス』 を創刊したことでも知られる言葉

 だ。

  さて、掲句の〈ほととぎす〉は血を吐かない。さらに、そんなほととぎすを〈用はなし〉と冷

 たく突き放す。そもそもほととぎすは、実際に喀血したりしないのだが、概念としての 〈ほ

 ととぎす〉 に血を吐くことを求めているのだ。句の調子の良さの奥に強い理念が見える。

 〈血〉は鬼房俳句を読み解く上で重要なキーワードでもあるだろう。生々しく力強い、昏くも

 鮮やかなそのモチーフは、鬼房俳句のきらめきが凝縮されているようだ。

  この〈血〉とは、まさに俳句のことかもしれない。掲句は最晩年の句集『幻夢』に収録され

 ている。鬼房もまた、病に苦しみながらも、揺るぎなき反骨精神をもって、多くの作品を詠

 み続けた。血を吐き続けるという信念を持たなければならないという姿勢にこそ、俳人佐

 藤鬼房の矜持がみえる一句である。

                                             (野口 る理)



  夜、或いは明け方に聞こえるあの鳴き声がホトトギスのものだと私が知ったのは、つい

 最近のことである。昼間にはのどかに思えるこの鳴き声も、真夜中に突然聞こえると不気

 味以外の何ものでもない。なるほど、冥土を往来する鳥と呼ばれるのも納得である。

  ホトトギスは夏の季語。この鳥が本当に吐血することはないが、口の中が赤いこと、血を

 吐いてもおかしくないほど甲高く鳴くことなどから、「 鳴いて血を吐く 」ホトトギスとも称され

 る。自身が結核を患い吐血したことから、正岡子規がホトトギスを表す「子規」を俳号にし

 たというのは有名な話だ。

  掲句は、鬼房亡き後に刊行された句集『幻夢』に掲載されている一句。血を吐かないホト

 トギスなど用はない、とも言い換えられるが、この句から浮かび上がるのは紛うことなき作

 者の姿である。鬼房は生まれつき体が丈夫ではなく、闘病を繰り返しながらも俳句を詠み

 続けたという。ホトトギスとは、作者自身のことなのだろう。血を吐くほど必死に俳句を詠ま

 ない自分になど用はない、鬼房はそう考えていたのかもしれない。意味合いは異なるが、

 「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」を私は連想した。先に述べたように、ホトトギスは昼

 夜問わず鳴き続ける鳥である。床に伏してもなお俳句と向き合い続ける鬼房の姿は、や

 はりホトトギスと共通するものがあるように思えてならない。

                                             (菅原はなめ)