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 小熊座・月刊 
 


   鬼房の秀作を読む (81)      2017.vol.33 no.385



         首根つこ抑へて息をつぐ晩夏          鬼房

                                  『瀬頭』 (平成四年刊所収)


  生命力があふれる一句だ。「首根つこ」「息」「晩夏」と、関係が近い言葉が並んでいる。

 それらが連続することによって、各々の言葉が相互に作用して、一句全体にエネルギーを

 与えている。

  「首根つこ抑へて」という行為を通して、身体感覚を取り戻したと読んだ。首は頭を支える

 重要な部位。首根っこをぎゅっと抑えるということは、皮膚に触れることであり、ぬくもりを感

 じることができる。首に手がふれた瞬間に詩が生まれたのである。

  また「息をつぐ」ことは、「息吹」という言葉があるように、生気を回復することにつながる。

 いうまでもなく「息をつぐ」ことは、持続的な行為というよりも、瞬間的な行為である。そのま

 さにその瞬間が、俳句という詩型によって、切り取られている。

  さて、掲句における晩夏という季語はどこまで効いているだろうか。盛夏であれば、あきら

 かにつきすぎであろう。晩夏といえば、草木の影が思い浮かぶ。そこに作者の影も重なる

ようだ。夏の終わりに「息をつぐ」、その息の音まで聞こえてくる。

  晩夏という体言止めも、夏の果ての静けさを出すのに貢献している。静止した時間が無

 限に続くかのようである。

                                (涼野海音「火星」「晨」「草蔵」)



  掲句は句集『瀬頭』の中の一句である。平成四年の出版のこの句集で佐藤鬼房は蛇笏

 賞を受賞した。この頃病気がちだった鬼房は同じ年の三月に手術をし、翌年七十五歳、

 七十六歳と続けて病院生活を余儀なくされている。

  さて、掲句「首根つこ抑えて」とあるが、首根っこを抑えるとは、何を伝えようとしているの

 だろう。相手の弱みや急所をとらえて有無を言わせないようにすることだろうか。

  私はこの場合の「首根つこ抑えて」とは、夏の暑さに耐えることであろうと理解した。

  この年の夏はことさら暑かったのだ。『瀬頭』に載っているこの句の前後に「秋暑夜がくり

 と顱頂傾いて」とあり、また「かなかなの後ひと雨の昼下り」と詠んでいる。いつ迄も衰えを

 見せない暑さに業を煮やし「どうだ忌忌しい暑さめ!」と見得を切っている鬼房が見え、次

 の「息をつぐ」は、力まかせに首根っこを抑えている鬼房も見え、ぜいぜいと息を継ぐ姿も

 また見えてくるのである。

  そして、病や暑さに負けまいとして厳しく自分を律する鬼房の姿が浮かび上がる。

  いつも思うことであるが、一句に命をかけているようなその姿勢こそ私たちへの一貫した

 メッセージなのである。

  句会が終ると青年のように姿勢を伸ばし、柔和なお顔で席を立ってゆかれた先生のお姿

 が目に焼きついている。

                                            (柳 正子)





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