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 小熊座・月刊 
 


   鬼房の秀作を読む (80)      2017.vol.33 no.384



         潮ぬめる路地に燈がさし羽蟻とぶ          鬼房

                                  『海溝』 (昭和三十九年刊)


  前書は「チリ地震津波八句」、昭和35年5月鬼房41歳で遭遇した災害の俳句である。だ

 が災害の俳句は難しい。私自身のことを言えば、個人の実体験を詠むことで被災した人の

 思いを普遍化しているか、負のイメージばかり伝えることにならないか、などの意識が働く

 からである。

  この八句連作の一句に「潮びたる陰毛流失感兆す」がある。私は鬼房俳句の特徴の一

 つに「体験を詠む」ことがあると思う。この「陰毛」も鬼房自身の肉体が体験した災害の悲

 哀であろうが、しかし前書を知らなければ耽美的な俳句としても鑑賞できる。不謹慎ともと

 られかねない。

  表題句の「羽蟻」は交尾期を迎え翅が生じた蟻。梅雨時や湿度の高い日に大量に発生

 するが、まだ5月だというのに津波の後の路地に灯を目がけ飛び回っている。鬼房の感

 性は微小な羽蟻を捉える。写真や報道では伝えられない不気味さが漂う句だが、同時に

 「羽蟻」は悲劇の後の生命力も感じさせる。漢字とひらがなのバランスが美しい句だ。

  このような前書を持った句の塊は作者の何らかの意図で構成される。全八句を記すこと

 はできないが、鬼房は様々な角度からこの災害を表出させる。災害を体験した鬼房が「こ

 れを詠まなければ、伝えなければ」と思ったのは詩人の本能である。写生的な「羽蟻」や感

 覚的な「陰毛」の句は、悲劇を忘れないための鬼房の記録であり警鐘である。

                                 (永瀬 十悟 「桔槹」「群青」)



  同じ「チリ地震津波八句」中の「潮びたる陰毛流失感兆す」の「潮びたる陰毛」が、他者に

 侵された自己のメタファーであるのに比し、この句は読み手に深読みを求めない。鬼房の

 句としてはわかりやす過ぎ、正直つまらない。最初そう思った。

  しかし注目したのは「潮ぬめる」。この一言が恐ろしくリアルだ。雨によるぬめりでなく、海

 水にひたひたと浸ったあとの、濃密にてかてか光っている路地の土。「燈がさし」の効果に

 よって、夜の路地の黒々とした反射が目に見えてくる。さらにその燈に羽蟻が舞い、景が

 拡がる。路地の暗さを横目で見ながら、焦点は門燈に半分照らされて飛び回る羽蟻の集

 団へ移る。羽蟻たちのわずかな音響と運動が、否応なく路地の荒廃を強調する。そして再

 び路地の黒光りが見えてくる。黒澤映画を思わせるカメラワークの迫力だ。

  「津波」の前書きのせいで、わかりやす過ぎるなどと嘯いたが、何の脈絡もなく改めてこ

 の一句を読むことで違う印象となる。「潮ぬめる」という言葉の適確な選択。この創造的な

 言葉を頂点に、雪崩れるように言葉に命が吹きこまれゆく力強さ。ここに俳句のもう一つの

 醍醐味を感じた。

                                              (春日 石疼)





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