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 小熊座・月刊 
 


   鬼房の秀作を読む (79)      2017.vol.33 no.383



         水鳥のその思ひ羽を初夢に          鬼房

                                  『枯峠』 (平成十年刊所収)


  羽ばたきと水音。作者の想念による句でありながら、眼前に水辺の広がりが浮かぶのは

 なぜだろう。岸辺の枯れた、静寂な景色のなかで、唯一生命力を感じさせるものとして創造

 主に置かれたかのような鳥たち。「初夢」の句でありながら、個人的感慨を超えて、鳥たち

 から人間まで万物の生の営みの愛おしさをはにかみつつ伝えているようだ。恋の呼び出し

 ともいえる抑えた表現であり、初夢の夜の、はつはるの季節感を「水鳥」と「思ひ羽」によっ

 て匂いたたせている。京の風習であった「懸想文」へも連想がつながり、現代と過去が水面

 のごとくゆらめきつつ入り混じる。

  激動の時代を過ぎて、人生の艱難辛苦を超えて、様々な愛憎の日々を経験してきて、な

 お、心の奥底の小さな恋は、今日から明日へ踏み出すほのかな明かりとなる。実体のない

 思念の小さな傾きに過ぎないものを夢に願うのは、和歌から続く詩歌の世界観であり、日

 常の中に詩を見出すその姿勢に心をうたれる。ほんのささやかな祝祭を、ただ夢の中にの

 み。さりげないが、その美意識に圧倒される。

  労働や風土の厳しさを俳句に詠みながら、一方でこの句のように万葉以来の美意識や

 自然現象に投影した情念を描いていた鬼房。震災や戦火、様々な社会現象が我々の生活

 の遠くや近くを流れていくなかで、俳句は、どこへいくのか。鬼房の句に、手掛かりが含ま

 れている気がするのだ。

(青山 茂根「銀化」「豈」)




  作者の見た初夢の一部が伺える俳句である。水鳥が湖で羽ばたいているのだろうか。あ

 るいは仲間たちと一緒にどこかに向かって泳いでいるのだろうか。などさまざまな想像が

 膨らんでくる。

  ここで、「思ひ羽」という表現を用いたのが印象的である。思ひ羽というのは、恋人を思う

 心に例えるのに使われることのある言葉である。水鳥の誰かを思う気持ちがこの一言に込

 められている。初夢に縁起が良いものといえば、富士・鷹・茄子であるといわれているが、

 誰かを思う気持ちが込められた初夢というのもまた、自分の心に強く訴えられるものがあ

 る。

  また、水鳥とはあるが、これはどのような水鳥が初夢に出てきているだろうか。今年は酉

 年である。今私は、様々な鳥に興味を持っているが、この句においてどのような色の水鳥

 が登場するかによってさまざまな状況が生み出される。

  そして、このような水鳥の恋を初夢に見た作者は目が覚めたときにはどのような気持ち

 になって一年を始めることができたのか。年始の忙しい時に穏やかな気持ちにさせてくれ

 る一句である。

                                             (古川 修治)




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