小 熊 座 2015/12   bR67  徘徊漫歩24
TOPへ戻る  INDEXへ戻る






     2015/12  bR67   徘徊漫歩 24


               鬼房の「姉」の句

                                     阿 部 流 水


  〈姉の死化粧よ寒きかごめ唄〉(第八句集『何処へ』)。この句を読んで印象が鮮烈

 だっただけに、私はオヤッと思った。鬼房に姉は居ないはず。弟が二人いたが、一人

 は夭折、一人は父が若死にした後に生まれた。義姉を姉と簡略化する場合もあるが

 下五の「かごめ唄」からして結婚後の体験とは思えない。幼少期の回想句だと思えた

 ので、鬼房に尋ねたことがあった。

  すると、鬼房は伝説のような話をするのだった。十四、五歳のころ、姉と変わらぬ親

 しみを持った女性が近所に居た。釜石から共に移住した家庭の娘で、境遇が共通し

 ていた者同士、格別に親しく交際があったという。彼女は「喜子」とか「キー坊」(鬼房

 の本名は喜太郎)と鬼房を呼び、何かと可愛がってくれた。彼女は十八歳、かなりの

 美貌で、老舗の息子と恋仲になったけれども、旧家の重圧が支障となって失恋の憂

 き目にあう。そして悲嘆のあまり加瀬沼に入水して果てた。

  加瀬沼は塩竈と多賀城と利府の境にあって、沢をせき止めたダムで、農業用水な

 どに利用された溜め池でもあった。近年は利府側が桜の植樹などによって公園とし

 て整備されたが、当時は山の中の湖沼といった雰囲気だった。私も若いころから、白

 鳥観察、花見、芋煮会など何かにつけて訪れる場所だったから、鬼房の話した入水

 事件には少なからず心を動かされた。後に気付いたのだが、事件のいきさつについ

 ては鬼房自身が『蕗の薹』と題するエッセーに書いている。加瀬沼の近くに咲くカタク

 リの花になぞらえた文章は話よりも一層伝説的で詩的である。

  伝説と言えば、鬼房は伝説や神話が大好きだった。身近な土俗的なものから古事

 記など歴史的なものをはじめ、ギリシャ神話、キリスト教の神話などにも通じていた。

 だからそういうイメージを引いた句の講評はお手の物といった風であった。伝説や神

 話は古来、庶民も好んだが、とりわけ作家は伝説や神話が好きだし、自らの体験を

 も伝説や神話のように語りたがるもののようだ。創作に携わるのだから当然とも言え

 ようが、鬼房も例外ではないなと思ったものである。

  加瀬沼は鬼房の家から遠くはない。毎年折々に訪ねていたということで、姉の句は

 相当数作っている。〈お稲荷の木暗の姉が呼んでいる〉(『何処へ』。〈姉が棲む鴇い

 ろの沼五月なり〉(第九句集『半跏座』)。〈聞こえ来る姉のたましひ氷面鏡〉(第十二

 句集『愛痛きまで』)。姉とは明記していなくても、それらしく読める句も少なくない。〈雪

 しまく姉取山は思慕の山〉(第六句集『朝の日』)。〈刈安の沼辺に媛を祀りたる〉(『何

 処へ』。この二句も姉をイメージした句と読めなくはない。

  特に最後の第十四句集『幻夢』には「吾を弟として慈しんだひとに 五句」と前置きし

 た作品がひとまとめにされている。齢をとるほどに姉の句が増えているのは、入水事

 件と「姉」に対する想い入れがいかに強かったかを物語っている。三句だけ引く。〈杜

 若の精なり若き姉の死は〉〈喜子喜子と呼びゐる姉の水鏡〉〈入水の姉が誰へとなく

 微笑〉。晩年になっても心を占める「姉」への想いが溢れている。「姉」の存在と入水

 事件は鬼房の俳句に大きな影響を与えたと言える。





パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
  copyright(C) kogumaza All rights reserved