小 熊 座 2015/9   №364  特別作品
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      2015/9    №364   特別作品



        荒梅雨         土 見 敬志郎


    ことごとく夢は壊れて昼寝覚

    青蘆の風ふところに誕生日

    新緑を泳ぎて照井翠来る

    麦秋や地を摩り歩く犬の舌

    巻貝の巻き目解かざる緑雨かな

    行く先は白靴に聞け日曜日

    日盛の貨車連結の操車場

    老鴬の声をうるほす朝の靄

    時の日の余熱静かに炊飯器

    蔵王嶺の芯まで晴れて心太

    墓原を眼でなぞり行く梅雨深し

    荒梅雨や父の匂ひの旅鞄

    金魚玉いつもどこかに戦あり

    父の日や潮の臭き小銭入れ

    万緑やみしりみしりと象歩く

    山國の松高々と雲の峰

    鍬を持て鍬を持てよと雲の峰

    雷鳴の何時しか止んで産声す

    蟬の声座敷に溜まる山の家

    影もなく炎天をとぶ砂丘鴎



        草臥儲け        津 髙 里永子


    緊張を強ひられてゐる蜥蜴の尾

    鳥ごゑの低くなりたる梅雨入かな

    荒梅雨や足踏ミシン踏むごとく

    練り香水いちいち箱に仕舞ひけり

    枕抱く男可愛いや昼寝せむ

    揃へられたる夏痩せの膝頭

    大輪に育つあぢさゐミルク色

    冷房の風待合せ場所の前

    落込んでをられぬ雨のあめんばう

    六月の造花いささか酔うてをり

    充分に遊びて鰻は白焼に

    凹凸の正しからざるわが水着

    寝不足のつづく金魚の口ぱくぱく

    波を見て絶壁を見て鮨屋かな

    中古車の値札大きく夏休

    天井のしみ夏風邪を長引かす

    磨きたる床にごきぶり艶めきぬ

    羅を脱ぎて草臥儲けなる

    黒南風の海を隠して防波堤

    水かけて蟻の巣埋めて墓前かな



        動物園         永 野 シ ン


    枇杷熟るる坂を喘ぎて登るバス

    ペンギンの食事は魚風みどり

    青嵐駱駝の右往左往かな

    縞馬の縞くっきりと大南風

    朝曇オランウータン腕組みす

    夏草や河馬の餌付けのお嬢さん

    象の耳ひらりひらりと夏来る

    山梔子や爬虫類館眩しくて

    猿山の猿と涼しき風の中

    青大将少女の首に巻かれおり

    ライオンの鬣を染め晩夏光

    力抜くスマトラトラの大昼寝

    サングラス外して森の木のベンチ

    南風やサバンナを恋う駝鳥の眼

    レッサーパンダ見入る二人のカンカン帽

    白熊の潜り上手を見て飽かず

    雲の峰きりんの舌がまた伸びる

    郭公の声が夕空洗いおり

    夏蝶となりて一と日の動物園

    大夕焼見知らぬ街に来たような



        花 筏         冨 所 大 輔


    真っ向に樹霜煌めく我が朝

    仲間ありこの世の情報持ってくる

    息あれば命膨らむシャボン玉

    早く緩く逆らわずゆく花筏

    一方がぽつりと喋る置炬燵

    春日傘人に来世がつきまとう

    凍結の下に育むものあまた

    次々と撃墜される白木蓮

    凍雲の隙間の奥は虚空界

    開けてある他界の扉涅槃西風

    春の鳶人は互いに嘘をつく

    薬喰オーストラリヤの鰐の肉

    一日の始めの命春よこい

    三月の雪に埋もれる棲処かな

    啓蟄や出てすぐ出逢う昼の闇

    春うとうと眠れば死者が逢いにくる

    春愁留守居は嘘を二つ三つ

    父より老い父の秘密を知る彼岸

    ことごとく春を隠した春の雪

    土筆原死ぬまで続く身の履歴





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