小 熊 座 2014/5   bR48 小熊座の好句
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     2014/5   bR48 小熊座の好句  高野ムツオ



    埋火や我らにミトコンドリアイヴ         春日 石疼

   ミトコンドリアとは、遺伝子いわゆるDNAのことだが、この遺伝子は、母親からの

  み受け継がれ、父親にはないという。ウィキペディアによれば、ミトコンドリアイヴと

  は、人類の進化に関する学説で、現生人類に最も近い共通女系祖先に対する愛称

  を指すとのこと。約十六万年ぐらい前にアフリカに生存していたと推定され、ヒトのア

  フリカ単一起源説の元となっている。もっともイヴと言っても一人を指すのではなく

  同世代のサンプルの一つという意味らしい。他地域起源説というのもあるが、やは

  り突き詰めれば起源はアフリカに帰するところは共通しているようだ。自分でもよく

  分からないことを付け焼き刃的にくどくど述べても仕方がないので、もうやめるが、

  つまるところ、人類の起源は、最後は一人に行き着くということであろう。医師でも

  ある作者は、そのことに埋火を突きながら思い及んでいる。元は一人であったはず

  なのに、なぜ人間は憎み合
い、奪い合い、そして、殺し合うのか。その不条理にも

  当然、思いが及んでいるだろう。この埋火は、まもなく、ふたたび赤赤と燃えさかる

  ものなのか。反対に、そのまま灰に帰してしまうものなのか。それは鑑賞の自由と

  いうことにしておこう。

    潮吹の如つぶやきて存らえず         須ア 敏之

   東京句会の席上での原句は〈潮吹の如つぶやきて存える〉であった。この句の鑑

  賞の難しさは「潮吹」が二通りに読めるところにある。季語の常識に従えば、潮吹は

  潮吹貝つまりバカガイ科の二枚貝のことである。しかし、鯨が海水を吹き上げること

  も意味し、鯨とも読める可能性があるのだ。「存える」のは、当然、作者だから、原

  句のままだと鯨と読む方が自然となる。鯨の寿命は七十年ぐらいだが、中には百

  年を超す種類もある。対して、貝類は十年前後。しかも、海浜に近い多くの食用貝

  は捕られ食べられる運命にあるから、もっと寿命が短い。浅蜊や蜆などは、俳句の

  みならず命のはかなさの象徴でもある。推敲された「存えず」となると、もはや、これ

  は潮吹貝以外に読みようがない。この世は、そんなに存えるべきところではないと

  いう意味になる。句はどちらでも「つぶやきて」であるから、たとえ、存えても、存えな

  くとも、この世の寂しさがテーマであることには変わりがない。ただし、想像をたくま

  しくすれば潮吹貝は女性のことで、それは能村登四郎
の〈またの世は潮吹貝にでも

  なるか〉でもはっきりしている。登四郎の句は、ばれ句すれすれの諧謔が狙い所で

  これは氏の持ち味の一つ。そのことを牽強付会とすれば、敏之の句の「潮吹」が遊

  女にも見えて来て、普段、謹厳な句作りの作者の一面を発見したようで、これもま

  た面白い。

    日高見の小吹雪光伴ひて         関根 かな

   日高見は下流一帯のことだから、そのまま東日本大震災の被災地に重なる。そ

  れゆえ「小吹雪」を自然現象の吹雪としてのみならず、津波で亡くなった幼子の化

  身とも想像してしまう。「小吹雪」の「小」がそう読ませる。光りながら降る様子もまた

  同様だ。

    白木蓮や魂に不明者なんて無し         さがあとり

   この句の「不明者」も、津波の死者と限らないはずだが、どうしてもそう読めてしま

  う。大震災以後の読みの難しさでもある。

    福島へ先に復りし春の雨        根木 夏実

   ふと降ってきた春雨に放射能禍で立入禁止になった町や村を想像したのだ。帰り

  たくても帰ることができない懐かしい場所に春の雨だけがまず帰った。そして、やさ

  しく柔らかく家々を包んでいるのだ。

    印鑑は名字くるんでおり春日         千倉 由穂

    うつし世と隔つ紙もて納め雛         堂上 靖子





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