2014/1 №344 特別作品
(寄稿)
祈 り 若 森 京 子 (『海程』)
瓦礫の中にも瓢の実がたましい
屍の上に祈り集まる山法師
海底に箪笥いくつも秋思かな
鬼灯市おとした命集まれり
胡桃割る歯ぎしり三陸リアス線
ふくしまや虹を観念的に画く
すみれに余震みえかくれする芭蕉道
素足の渚いつから琺瑯質かしら
素の四肢余震になれて豆の飯
八月の稿一字一字や汚染され
ひまわりの裏は歯ぎしり祈りの部屋
夜ふかしやガーゼのような活断層
震災忌わたしの渚は折れしまま
復興という白木蓮の帆は発ちぬ
ふくしまへ草笛の草届けましょう
授乳の汀しずかに被曝の波寄せる
七草粥吹くさざなみや受難の岸
フクシマや少女に蝶の甲状腺
遺構いまだ必死に残る枯蟷螂
ふくしまや阿弥陀のてのひらは荒野
冬支度 田 中 麻 衣
欅黄葉岩は牛とも駿馬とも
冬支度肉饅頭を食べてから
岩山に立ちて眼下の冬はじめ
山寺の枯れのはじまる池の面
総門の前の石屋の冬紅葉
温石や解脱の話ながながと
千両も万両もある奥の院
雪囲ひされて石灯籠気弱
咲き満ちて影なかりけり冬桜
結びたる縄の粗さや掛大根
銀狐月夜に恋をしてゐたる
流れゆく紫煙のさきの冬銀河
天空に罅の入れたる鰤起し
手のひらのしみじみとある日向ぼこ
交番の前が近道帰り花
山茶花の散り放題の多忙なり
一日を搔き集めたる落葉かな
冬眠の型に膝を抱いてみる
鏡台の裏に落葉の吹き溜る
クリスマス通行人として過ぎる
小鳥来る 蘇 武 啓 子
アマリリス影絵の君が唄い出す
武者震いしている案山子担ぎけり
胸底の澱が溶け出す小鳥来る
マンホールの底よりちちろ鳴く夜かな
サーカスという郷愁や雁渡る
穭田の中を父押すベビーカー
小鳥来るメトロノームの小さき振れ
石一つ積む朝霧の野仏に
小鳥来る蘇 武 啓 子
葉鶏頭一斗升より米あふれ
菊日和遺愛の指輪ゆずり受く
雑巾を縫う母の背に冬日差す
つつがなく形見分けして小六月
小春日やアンパンマンをひろい読み
健やかに生きて河豚鍋いただきぬ
綿雪を小さき口が受けとめる
数え日や壁に染みいるカレーの香
歳晩の床屋の前の立ち話
待春の山ふところに薬売り
アメリカの地図を広げて春を待つ
片隅に研ぎ師来ている農具市
粉ジュース 森 田 倫 子
秋の蚊にいくどと刺され門を出ず
幾たりの四十九日や馬肥ゆる
いつからの爪噛むくせや螽蟖
哭いている父と泣きたし紅葉忌
不易なる数式なれや雁のむれ
粉ジュース飲みし頃あり吾亦紅
指跡のありし冬瓜渡されぬ
秋深し箪笥にありし母の靴
だれも居ぬ木通のどかにぶらさがる
ドクダミを咲かせて暗し獣道
飢えし日のあてなく香る金木犀
釣る魚の吐きたる水や秋の雲
夕星を懐ふかく招くかな
秋ふかし琥珀になりぬ眠り猫
メダカにも泪はあるか秋の水
日脚伸ぶ人影からむ交差点
都心へと春の愁いを捨てにゆく
おとといの閉じかけの本紙魚はしる
町の灯の遠くに見えて大根炊き
禽獣の息あたたかし山眠る
林檎の行方 水 月 り の
林檎の中にりんごの中にr ing o
友の鳥22g 水澄めり
台風一過むちうち症のかぐや姫
父の頰冷たく夜のしゃぼん玉
時の雨迷子の迷子の霊柩車
さよならパパ薔薇色の雪になる
八木山橋馬上の父に冬三日月
信子はん長治くん逝き白鳥来
さし歯ひとつ凍りて一条戻り橋
赤い靴はいた狐に包まれる
青葉通り一番町のライフスタイルコンシェルジュというアートスペースで、詩画展〝林檎の行方〞を開
かせて戴いた。途中、台風にみまわれ、延期となったピアノと詩の朗読会も無事終わり、搬出した10月
23日夜9時53分、父は旅立った。線香花火がぽちっと落ちるような静かな最期だった。
ドイツのフォルコンブロートのごとく質実剛健だった父。旧制二高の寮歌以外歌わないのではないかと
思っていたが、実は、ハイデンレースライン「のばら」が好きだった事が判明し、一時期は毎日一緒に歌
っていた。
血液型B型でへの字口の父は、9月6日生まれの実は、乙女座。私が生まれて初めてもらった手紙
は、ロンドンへ旅した父からのバースディカード。一歳の赤ん坊あてに送ったのだから、本当はロマンチ
ストだったのかもしれない。学生時代馬術部で、京都で大会があった折、知恩院に合宿したのが楽しか
ったとコーヒーを飲みながら語っていた。 (りの)
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