小 熊 座 2013/12   bR43 小熊座の好句
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     2013/12  bR43 小熊座の好句  高野ムツオ



    尾のふさふさと新藁の親子亀       阿部 菁女

  藁の歴史を語ることは、日本の生活文化史そのものを語ることだという説があるが

 確かに、つい半世紀前まで、
藁は我々の生活と切っては切れないものであった。藁

 を敷
いて寝る習慣は稲作が伝わってまもなくより始まり、江戸時代まで続いていた。

 確か深沢七郎の『東北の神武たち』
では、農家の次男や三男はみな土間で藁に寝て

 いたはず
だ。藁布団、茣蓙、笠、蓑、靴等の生活用品、それに燃料、肥料、飼料など

 用途を上げればきりがない。しかし、
稲の刈り入れ方法の変化と藁の需要減少から

 藁の必要性は
一気に減少し、昨今の日常生活で藁を使う場面はほとんどなくなって

 しまった。残っている数少ないものに宗教的行
事があろうか。正月の注連縄などが、

 それである。米をも
たらした藁には何か神聖な力が宿ると古代の人たちは信じたの

 であろう。虫送りや悪霊退散の願いを藁人形に籠めた
のも、その伝である。正月に

 福藁を敷くのも、雪の上を歩
きやすいからというばかりでなしに、藁に吉兆をもたらす

 力があると考えたからである。藁で長寿のシンボルの亀を作って供えたのも同じ考え

 方からだ。全国的な風習のようで、北九州では豊寿亀と呼ぶそうだ。同じ九州の高千

 穂では
祝亀と呼び、ミゴと呼ぶ青刈りした藁の美しい芯の部分だけを用いて甲羅を

 作り、それに掛け干しの籾がたくさんつ
いている穂をつけて、めでたさを演出するとい

 う。長寿と
来る年の豊作との願いがこもる。掲句の親子亀は、さらに欲張った願いが

 加わっている。つまり子孫繁栄である。
七五五のリズムの句だが、ゆったりとした始

 めの七音が、
来る年への願いをあますところなく伝えてくる。

    新藁や記憶は乳のにほひまで      大久保和子

  藁小屋で母の乳を含んだときの記憶と限定する必要はない。新藁の言うに言われ

 ぬ匂いに母を思い出し、自分の幼
年時代へと記憶が一気に遡及したのである。それ

 が遂には
乳の匂いに至ったというのも誇張ではない。藁そのものに共通する匂いを

 本能的に嗅ぎ取ったせいだ。しかし、これ
も通用するのは団塊世代までか。藁の記

 憶のない、これか
らの若者に、こうした思いが通じるかどうか心配も尽きない。

    稲架渡る風に新羅の匂ひあり      浪山 克彦

  同じ稲の匂いでも、こちらはもっと理知的。新羅の匂いとは、どんな匂いかは不明

 だが、日本の稲作の原郷の一つ
の、今はない国の事が、実り田を吹く風にふと脳裏

 に浮か
んだのである。




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