小 熊 座 2012/8  №327 特別作品
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      2012/8  №327  特別作品



         被曝の樹        阿 部 流 水

    春の地震想定外を揺さぶりぬ

    春雨は放射能雨な濡れそ

    放射能雨に煙れる青柳

    セシウムが潜み取り憑き五月闇

    春惜しむ瓦礫の山を積み残し

    セシウムの蔓延したる青山河

    放射能浴びて無策の藪繁る

    黒南風や放射能まず測るべし

    この山に生きるほかなし竹の子は

    放射能測定器当てサクランボ

    白桃の内部被曝を調べおり

    パンドラの箱を開けたか熱中症

    崖っぷちに立たされし夢明けやすし

    無為の夏山川草木蝕まれ

    セシウムに汚染の山河やませ来る

    汚染土の山の彼方に雲の峰

    雲海に面影浮かべ夏休み

    津波禍の車の山と夏の雲

    フクシマの溽暑に耐えてヘラクレス

    落し文に何を託すや被曝の樹


         風媒の風        柳   正 子


    松の花風媒の風からむべし

    遅日なり電車の来ては折り返す

    木漏れ日も水底も明るき五月

    段々畑最上段に初夏の空

    星揺るるときに燃えたち夜光虫

    中心に上昇気流初夏の幹

    詩の王にまみえし夢や三尺寝

    新茶汲み心はだかにする日あり

    朝富士のまだ覚めやらぬ日日草

    雲の影きて椎の木のなほ匂ふ

    白雨来て逃げ場なけれど心安

    姉妹三人会ふとき背に夏日負ひ

    夏川に浮かび綿雲無重力

    尺蠖の横消防庁音楽隊

    日照雨くる沖の眩しさ踊子草

    すつくと立ち河骨の辺のしんかんと

    はまなすや風を嗅ぐとき目を閉ぢて

    海鳴が呼ぶ雷雲と父の声

    雲ぬけて夏匂ひけり炎天寺

    病葉の散りつつ影を落としつつ



         夏の花         大 場 鬼奴多


    きららかな男のなかに瀧の水

    麦の穂が思惟のおもてを掠めけり

    夕顔に中指ほどもなき火影

    変貌する都市たとへばダリアの背後にも

    さみだれの石の言葉に従ひて

    かの世にも月の蝕あり水馬

    造形であれ音楽であれ夏寒し

    白地着てひと恋すなり天の魚

    麝香揚羽を教会堂へ誘ひ込む

    山繭や地球が月を離れる日

    炎天に襤褸運ぶ馬はや見えず

    夏蝶の湖へ火口へ降りつづく

    だぶだぶと波しずかなり夏の湾

    憂愁を托して薄暮罌栗散れり

    不死男忌の夜行列車のしなやかに

    赤土の池の底なるさるすべり

    濃淡は闇にもあらむ夏の花

    湿めり乾き風のあるなし星祭

    変奏は無限に続く蛇の笛

    その朝のひとつひとつの葛の花



         風薫る         畠   淑 子


    わたすげや南無から先を歌ひだす

    夏迎ふ背筋をたてて立葵

    春キャベツ肥満の虫のころげ出す

    緑風の街迷彩服の列がゆく

    不良なる言葉ありけり額の花

    友逝けりしみ込むは六月の台風

    カタカナの機密文書や八月くる

    些事なれどなくてはならぬ干瓢も

    緑陰のベンチ空とぶ鳥図鑑

    戦爭があつた終つた夏の海

    風薫る支那より渡来観音さま

    プーサンの大きなタオル包む裸子

    荒梅雨や都電の扉手動です

    間引き玉葱つるんと発光する

    サングラス徴兵制度言の葉に

    地震あとの窓に守宮のいる安心

    かくなれば遊びせんとて石鹸玉

    きき足の痛んでならぬ目借時

    ビニールの結目とけず五月の雷

    神経科出でてレタスにトマト買ふ



         死神の涙        水 月 り の


    死神も又 行方不明となった春

    私の家の墓は ひっくり返り

    脳震盪を起こした


    2011年3月
11日の午後

    辺見庸さんの詩集「生首」を再読していた

    辺見さんご本人にお会いした事はないが

    辺見家のお墓は何度かお見かけしている

    何故か偶然 同じお寺にお墓がたっていた為


    2011年3月
11日の午後

    生もゆらぎ

    死も又ゆらいだ

    生は失われ

    死さえも又失われた


    死神さえ 途方にくれている

    死神も又 瀕死の状態だ

    生きているのか

    死んでいるのか

    生きているのか

    死んでいるのか


    まだ 私の胴体の上には

    首が在るようだ

    誰も自分自身の生首を

    見ることは出来ない


 
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