小 熊 座 2012/3   №322 特別作品
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      2012/3   №322  特別作品


          青         中 井 洋 子


    梟に青満ちくれば啼きはじむ

    後悔の化身でありし海鼠かな

    赤松のここより並木そぞろ寒

    紛れるにさつと辞するに毛糸帽

    九条は妖怪かとも藁塚に雨

    生まれたての光りのひとつ蕪かな

    おのが頸に不慣れなる白鳥のゐて

    切手より海へ枯野の広がりぬ

    刃を入れて重くしなやか八頭

    寒林の空を手持ちの一つとす

    安眠の寝返りならん冬眠中

    臘梅の咲きしあかしの痛みかな

    鎌鼬鏡の中へ帰りたる

    しぐるるや角瓶として世に長し

    ここだけの砂冬空の落し物

    酉の市裏手は崖のやうな闇

    山裾に流離の果の干布団

    白鳥に侵されまいとする瞳

    このたびは疎林の生みし雪女

    シリウスに耳がもつとも繋がりぬ



          氷下魚(こまい)   矢 本 大 雪



    暗闇へ塔はのびゆく寒卵

    頭だすまではセーター無辺の繭

    湿り雪重くてぐずりだす木箱

    てのひらの窪みは冬野小銭うく

    寒星に応え真白き地が呻く

    ロールケーキの記憶のなかの雪しまく

    鮟鱇も氷下魚も羅漢どの指も

    帰り花咲かす海嶺つづく部屋

    寒波来て誰もおぼえていない海

    かすかなる霧笛冬野に手をついて

    雪嶺は立ち雪嶺は歩きだす

    寒北斗彷徨すれど四畳半

    海を見るために雪筍のごとき墓地

    のこすべき言葉にかえて冬の雷

    鉛筆でつっつけば咲く冬薔薇

    鬼やらいそしてだあれもいなくなる

    ストーブをつけれど孤独とは寒さ

    結露しつつ逝く残高照会後

    雪野あかるくて死んだのにも気付かぬ

    どこも岐路一気に呷る寒夕焼


          杉の実       吉 本 宣 子


    終戦日神杉いぼ神ふいと消え

    柳散る水の廊下の水折れて

    杉の実や太郎次郎をかたはらに

    古墳村昏き口あけちちろ鳴く

    青空の真つ直中を木の実かな

    豆柿の一つが母を呼んでをり

    この先は真赭(まそほ)の薄着るとせむ

    覗き見る祭神くらしおんこの実

    心離るるごとく高きに鵙の贄

    晩年や鶸のやうなる会話して

    湖底にも行者径あり木の実落つ

    冬海の漆光りを弔旗とす

    三角の風よくひびく冬すみれ

    狐火に浮力なかりし小半時

    まづ影が川を歩きて冬ぬくし

    角巻も烏も翼たたみをり

    俳諧の落葉を踏んで大鴉

    三井寺の孔雀が羽を閉ぢて冬

    青空へ登りはじめし落葉あり

    襟巻の狐この世を遠ざくる



          寒北斗       吉 野 秀 彦


    二の腕の刃金となりし冬至南瓜

    草庵に留まることなし寒満月

    ポインセチアマザーテレサは綿を着る

    荒ぶれる星は洗えず去年今年

    ポインセチア持てば密会めく駅舎

    最果ての声で啼きおり大白鳥

    点滴の雫に住みし年の暮

    優曇華の色は薔薇色貰い風邪

    陽光は胸に納めて鳰

    この地には咲かぬ満天星寒北斗

    待春の骨の太さや欅道

    冬の猫前生の借りが残りおり

    回想の全てが津波寒北斗

    大空は明日と同じ去年今年

    タクシーの空車ランプも淑気かな

    賀客みな予防医学を講じけり

    駅員の鼻音は強し初電車

    初夢の梁山泊に招かれり

    姉に似た女礼者の妻がいる

    皿に盛る駄句のあまたも大旦


          喫水線       宇津志 勇 三


    初雪を覚え居ながら床の中

    初雪は約束のごと降りにけり

    初雪や遠き山々近くなり

    初雪や獣の性が丸くなり

    初雪は瓦礫目指して降りにけり

    初雪は暗き窓から暗き窓

    初雪は音符のごとく降りにけり

    初雪や耳の底から静まりぬ

    初雪や人の匂いの消えてゆく

    初雪に九穴全て晒しけり

    初雪は総取替のゲームのように

    初雪や高層ビルも家並みに

    初雪に喫水線の沈みけり

    初雪は枝の先まで登りけり

    初雪や帰らぬ人の近くなり

    初雪のトンネル通って人が来る

    初雪のトンネル通って我行かん

    初雪の溶けて現に戻りけり

    初雪やよく噛みしめている朝餉

    初雪やおはようの声高らかに




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