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 小熊座・月刊 
  


   鬼房の秀作を読む (2)      2010.11.vol.26 no.306


     切株があり愚直の斧があり     鬼房

                              『名もなき日夜』(昭和26年刊)


  何も前提を持たずに讀むならば、切株と斧の関係は如實なのであり、「愚直」とは樵に

 假託した作者が斧に向けた感慨といふを出ないこととなる。斧は切株の横に置かれてゐ

 るのか、株に柄を預ける形で据ゑられてゐるのか、はたまた株に刃を突き立てた形で刺

 さつてゐるのか。「があり」のリフレインは、二つの關係を明示することを拒み、單體として

 二つがあるのだと主張する。しかし切株に形容語はなく、斧へは「愚直の」と形容語を與

 へたところをみると、樵の心は「斧」にこそ奪はれてゐるのであらう。

  時は昭和二十三年。この年筆名を鬼房に改め、勤務先を變へ、活動の足場は固まりつ

 つあつた。ただ、敗戰後三年の東北、鬼房の年齡も若干二十代であつたといふ事實から

 も、精神的にはまだまだ前の見えないもがきの中にゐたはずだ。「愚直の斧」はここで鬼

 房自身へと變身を遂げる。鬼房は昭和の俳句の、愚直な樵であつたのかも知れない。

  さて、この句は字足らずなのだらうか。どうにも出典を明示できないもどかしさはあるの

 だが、鬼房が生前山田みづえに「ぐぅちょく」と讀ませるのは無理があるだらうかと聞いた

 ことがあつたらしい。「愚直」を四音で讀むのとそれこそ愚直に三音で讀むのとでは、この

 句のイメージが随分變はるのではないか。僕は今や「ぐぅちょく」派。「ぐぅちょく」と讀んで

 みると、愚直を生涯貫いた鬼房の頑固さ、ねばつこさがより鮮明になるのである。

                                             (島田 牙城)



  『名もなき白夜』(昭和二十六年刊)は特異な句集である。ことに後半、急にふえる無季

 の句群は着目に価する。〈荒地にて老農土器に湯たぎらす〉〈寡婦そのほか禱はじまる夜

 の崖〉〈ソーニヤの燈地の涯に吾がまなぶたに〉〈墓碑銘を市民酒場にかつぎこむ〉。一読

 して暗いのだが眼をこらすと奇妙な明るさを宿すことに気づく。憂い顔の北の祝祭性とでも

 呼べばいいのか―。掲句はこれら無季の句の中で「愛唱されている」と作者自身が語って

 いる(東京四季出版・『最初の出発』)から自信作でもあるのだろう。〈切株〉と〈斧〉。親和

 性のなくもない二物が対句により並列されている。日照を得るために火をおこすために、

 鬱蒼とした木を伐るとしよう。大鋸の方が最適だが〈肉厚の掌〉を持つ若き鬼房は、斧を

 選んだ。挽くという単に水平のみの動きより振りかぶって叩き、横に抉りを入れてゆく躍動

 感は映像的ですらある。また対句の間にはさまった〈愚直の〉の四音一音節が斬新であっ

 た。風雅も花鳥諷詠も知ったことかと放りこまれたこの措辞こそ不安定感を与える字足ら

 ずのもとで、それまでの俳句に異を唱えているように思われる。掲句を含め無季の句の

 中に、さらに若かりし頃濫読したというロシア文学の影響を見るべきかもしれない。なお、

 〈愚直の〉の一語が若き鬼房のみならず生涯の有り様まで暗喩しているとしたら舌をまくほ

 かはない。最近小誌に無季句が見られないのはどうしたことだろう。

                                             (我妻 民雄)



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