小 熊 座 2009/5 №288 特別作品
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 2009/5 №288  特別作品
  
          
   

   
三月欅       中井 洋子

  雪嶺は常に遠きをこころざす

  仮名書きに心を負はす余寒かな

  梅咲くやしろがね帯びるうしろの木

  旅の物もどす雪間の手暗がり

  古墳山たんぽぽは黄の影法師

  踏青や沈んで見えるハム工場

  夜明りの仔細のひとつ子猫かな

  頬杖の我ゐるゆゑの黄水仙

  万全の三月欅東北は

  侘助に錆のはじまる家居かな

  顔剃りて野の山茱萸を見たくなる

  大股に旅の水買ふ霾ぐもり

  春眠の醒め際の身のネックレス

  きつとと言ひかならずと言ふ春落暉

  上手とは濁りてそだつ春焚火

  春泥の乾き清貧の日のかわき

  白蝶にかしこむ黄蝶水の上

  連翹の昼健康の消去法

  結び目のやうな春蘭夜が明ける

  中くらいの夢のあたりの揚雲雀


    若布舟       渡辺 規翠

  陽を揚げ春まだ遅き仮庁舎

  竿で島揺らす閑かさ若布舟

  生き方を聞かされ魚が氷に上る

  遮断機が切り落す空鳥帰る

  ふきのたう咲かせて石の観世音

  捨舟に波が来てゐる霾曇り

  東京の空は鴇色イースター

  パンドラの厘の中でも春の闇

  記紀の媛が集まつて来る風車

  ワイングラスに映る老人春灯し

  蝶孵る日当天動説がある

  半仙戯揺れて星座の尾に届く

  春銀河硝子の鳥で混み合へり

  星雲の裾が絡まる春岬

  咲き過ぎて星にもなれぬサイネリア

  鉛筆が転がつて来る目借時

  独楽打つて羽音が溜る西東忌

  頭陀袋めく春愁の硝子壺

  下北は睡りの季節桐の花

  古代史に残る町の名遠霞


    辛夷のひかり      松岡 百恵

  胎の子の重みや春の土を踏む

  花辛夷子を産むやうに開きけり

  胎の子に梅をや見せん胸を張る

  ベビー服腹福ふふと春立てり

  胎の子の代わりに抱かれ花菫

  分娩室の真中に一人春淡し

  春暁の闇と親しみ吾子産まる

  春水を湛えて吾子の産まれ出づ

  畏ろしき命を春の日向へと

  いま吾子を辛夷のひかり包みをり

  子の夢は未生の続き春の塵

  わが胎の空き家となりて春の雪

  わが胸の乳房となりぬ桜月

  春の夕角を曲がれば産後鬱

  ぐるりぐるり吾子の瞳に春の月

  嬰児の返事はおなら豆の花

  三月を透かして吾子の肌着干す

  子の口の春満月ぞ乳の跡

  嬰児の宙と闘ふ春の昼

  血と乳を与へて終へん吾の春


    お伊勢まいり      相沢 ふさ

  御食(みけ)つ国神の好める熨斗鮑

  斎庭(さにわ)には巫女のようなる尾長鶏

  陽炎や鶏鳴神代の如く聞く

  今も生く太太講の白半被

  宇治橋はかけかえ工事花ひとひら

  床几にて赤福餅も虚子忌かな

  おぼろ夜のおかげ参りの奇特かな

  伊勢志摩の鮑は神の御贄とか

  磯の香の緑も冴えて和布蕪(めかぶ)

  海女道の石垣にあり花すみれ

  お空から御幣降りくる万愚節


  
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