佐藤鬼房の詩魂を継承しつつ、深く静かに、沸騰しやまぬ「わが俳句」を目指す― 言葉のダイナミズムが読者を撃つ、1996年〜2001年329句。

角川書店   03−3817−8581 2800円

          
            蟲の王     高野ムツオ





          稗の穂の金色の音陸奥の国
        

          月光の固まりである石の斧 
    

          この冷えは魚のたましい十三夜

          永劫回帰なり綿虫にいざなわれ

          阿弖流為の髭より冬の蝗跳ぶ

          鮃の王鮃の仏陀雪の夜

          兇暴性溺愛の声夜の白鳥

          一億年ぼっちの孤独春の雨

          ぼうふらに呼びとめられし以後余白

          更衣して坐りたる炎かな

          金蠅が来て夕焼の話する

          北の先にまた北はあり雁来紅

          北極性憂鬱症エンマコオロギ

          海底を行く列車あり枇杷の花

          われは粗製濫造世代冬ひばり

          象の背の上の現世や寒の雨

          百科事典の中の神々桃の花

          空気にも絶壁がありなめくじり

          鳴く順に秋の蛙は土となれ

          穢土もまた還る土なり秋蛍

          七ツ森一つが間引され夜長

          金鶏山身震いしたる夜寒かな

          凍る木の薄紅がわが寄る辺

          練絹の蝮のまぶた寒月光

          うるわしの目脂鼻水雪濁り

          糸屑の脳につまりし残暑かな

          いくたびも虹を吐いては山眠る

          われ銀河生みたるなりと大海鼠

          春宵来客おしなべて鮒の精

          舌に氷片積乱雲の味がする

          うしろより来て秋風が乗れと云う

          ジョン・レノン忌の喉元を刺す朝日

          この音は魚群移動や雪の夜

          雪解光のみの世界や豚眠る

          みちのくの闇ぞろぞろと金目鯛

          肉厚にして可憐なり冬の蠅

          枯蘆の光となるは消えぬため


  あとがき

    
 本集は『雲雀の血』  に続く私の第四句集で、平成八年秋から
  平成十三
年までの五年半の作品のうちから三二九句を収めた。
  この時期に塩竃にこだわって作った俳句が他に100句ほどある
  が、それは別
に一集とするつもりでいる。
   平成十四年一月十九日に、この句集をいちばんに読んで欲しか
  った師の佐藤鬼房を失った。悲しみは尽きないが、今頃は天上で
  この程度の句ではまだまだと苦笑いしていることだろう。

  わが俳句もいよいよ正念場に差しかかったようだ。切れば血が
  噴き出る俳句
を目指し、今後とも進んでいきたい。最後に、熱意
  をもって句集上梓を奨めてく
れた中西千明氏に感謝申し上げたい。
 
                 平成十四年  霜降




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