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 ２０２３年 １２月 パンドゥーラ 高 野 ムツオ
また一つ展翅されたる夏の星
コスモスよ鎌首上げよ月が出る
亡き人と会い大阪の月と逢う
月出でよ月よ出でよと虫すだく
秋風に乗り血涙のパンドゥーラ
幼年の蜘蛛の巣今も顔中に
超特急北へ夜雨の葛を抜け
虫の声しろがねなせり波の上
木枯の星にも繋ぐ両手あり
枯葉飛ぶ歓喜の声に体浮く
２０２３年 １１月 ブルドーザ 高 野 ムツオ
夏霧やスカイツリーの死出衣
田中裕明へ
悉く全集であり秋の蟬
秋蟬の声返照す水溜り
秋風や亡き電柱が耳澄ます
露の声放出汚染水の声
蝦夷にも天の原あり露の原
日高見の菌類として霧を吸う
茸食い過ぎだと又も夜の地震
耐用年数無期限残暑のブルドーザ
残生の渚へ草の絮よ飛べ
２０２３年 １０月 草の絮 高 野 ムツオ
南風や渦を生み出す洗濯機
飛びたくて鳴る鍵束や南風
白南風や皿に盛られし鯨肉へ
縮んでは膨らむ血管南風
水無月の急ぎはたらき雨台風 宮部みゆき に呼応して
われもその一滴であり夏の雨
胸板として荒梅雨の夜の海
黒揚羽死に損いの頭の上を
炎昼のコインロッカーより紐が
集合住宅通路途上に蟬死せり
草の絮昼の月へと帰りゆく
２０２３年 ９月 蝙蝠傘 高 野 ムツオ
みづうみに月の引力蝸牛
土用芽や街から虹が去つてゆく
炎熱が天の祝儀か誕生日
夜の空ソーダ水でできている
水中に我らは生まれソーダ水
落ちている切符も途上梅雨の月
天上天下唯我独尊棒振りも
はたた神蝙蝠傘に乗るところ
閉じるとき蝙蝠傘の骨ききと
２０２３年 ８月 夢太り 高 野 ムツオ
夏嵐夜もまだ五臓巡りおり
これもまた夢太りなり夏大根
電灯点けば蠅取リボン回り出す
腸内細菌無限増殖夜の青葉
我も単なる巨大な餌か脛に蟻
食肉を舐める炎や半夏雨
戦争の歴史入道雲になし
何度自転しても溽暑を逃れ得ず
寂しくて白ワンピース雷を呼ぶ
雷鳴や蛹のままで死ぬものか
２０２３年 ７月 走り梅雨 高 野 ムツオ
春風や天地永劫不治なれど
足音に傾ぐや雨の牡丹の芽
西和賀は黄泉の入口蕨飯
金子兜太の怒声だったか春眠し
春雨というほどでなし聖塚
春夕焼反戦反詩反時代
悼 黒田杏子
那珂川は今葬送の雪解川
黒田杏子齋藤愼爾ひかり凪
松島は土砂降りなれど春の月
樺美智子の非業を語れ走り梅雨
２０２３年 ６月 谷 間 高 野 ムツオ
コップにも漣生まれ鳥雲に
蝶歩く音が聞こえて目が覚める
花冷の万年筆のこの重み
花冷の煮られて動く鶏の骸
肺胞は花にもありて花の闇
声門の開閉しきり花の昼
電柱は木々の亡骸春の雲
雲の影通過中なり蟻の列
東京の谷間や朽ちし木も若葉
２０２３年 ５月 金 糞 高 野 ムツオ
白鳥に白鳥の修羅首擡ぐ
春を待つ桃の木天へ股広げ
みちのくは金糞の国雪濁り
雁帰る百・千・万と声繋ぎ
雛の客海に帰りて海の音
松の根に朝日三月十一日
百日紅その万蕾が篠弘
攫われし松が舞い出る岩朧
春天が鼻先にありむず痒し
どこをどう歩きし汗や春の夢
２０２３年 ４月 鍵 束 高 野 ムツオ
二度と聞くことなき羽音寒雀
愚かゆえ凍蝶ばかり夢に飛ぶ
飼うならば天の狼放し飼い
鳥類として雪晴の喉伸ばす
鍵束の音を雪後の天が吸う
小林恭二
外套やあれは心中したるはず
青邨の弟子青邨の雪雫
大足が斑雪を踏みて鉱山へ
電線に並びし星も春近し
２０２３年 ３月 榛名湖畔 高 野 ムツオ
秋蝶よここは太古の湖の底
鱗生え雲を呼ぶまで花野行
邯鄲が途絶え太陽暗くなる
秋風や秤の上の鯨肉
難民の声か縷縷縷と夜の落葉
羽生結弦
氷盤に立ちて銀杏の木のごとし
目鼻口耳はなけれど虎落笛
鳩の出るポケット欲しや山は雪
凍星に白鳥の声届く頃
靴音を天に響かせ十二月
２０２３年 ２月 冬 籠 高 野 ムツオ
また一花死児が降らせし柿の花
われ未だ裸子であり百日紅
朝顔や天の原より蔓伸ばし
鉛筆の欠けたる芯と月を待つ
念力がありて雨呼ぶ八頭
山人の腸であり大紅葉
コッペパン抱けば背後より冬日
頽齢に冬青空がよく沁みる
白雁を待つミサイルが飛ぶ空に
蓬莱や二千里西は大焦土
屠蘇祝う兵士斃れる瞬間を
宇克蘭嘆きて落葉山なせり
辺境こそ桃源郷と吹雪くなり ※ウクライナは辺境の意
星空を飛ぶオルガンか白鳥は
白鳥は戦地遁れて来し列燈
天与などあるはずはなし初雀
お降りの雪永久に戦後たれ
触角が生えて来ぬかと冬籠
雪しまき眠れる魚の頭の中も
旅に出よ旅にて死せと冬の雷
２０２３年 １月 真葛原 高 野 ムツオ
隠沼は破水間近やほととぎす
紫陽花の雨や羽化など夢の夢
炎天の雀の声はみな砂金
万緑や永久の被曝のままなれど
夜の向日葵斃れて来るは夢ならず
血の汗とならぬは怒り足らぬゆえ
汚染水タンクの上の天の川
雨の日は雨を弾ませ猫じやらし
葡萄葛舌に絡ませ東北人
入場料無料これより真葛原
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