小 熊 座 2014  高野ムツオ  (小熊座掲載中)
TOPへ戻る  INDEXへ戻る



  





     2014年 12月   土 台     高 野 ムツオ


    死んでから尋ねるところ夕花野

    神隠しより還りしか棗の実

    鰯雲ここに生きしと土台あり

    吐く息のたちまち霧となる岩手

    木々は神肩より腰へ蔦這わせ

    体中めぐる血管雁渡し

    雨の冷え谷の底より足裏へ

    揺れるは禱り背高泡立草もまた

    みちのくの渋柿なれど蛤塚忌



     2014年 11月   初紅葉     高 野 ムツオ


    地球より去りゆくところ鰯雲

    新宿は天仰ぐ街天高し

    秋天やビルの影より蟻の影

    裸にて眠れ真葛が這って来る

    四つ足となり仰ぐべし葛の花

    雨滴一つ一つが宇宙葛の花

    千万の鳥影重ね水澄めり

    われも一伏流水ぞ豊の秋

    北へ向かう鉄の車輪も豊の秋

    あれはやはり炎だったか秋の蝶

    旨すぎて涙こぼれる腹子飯

    生者も聴け無辺無量の露の声

    巌また鯉を生みけり秋の昼

    さざなみを空に満たして昼の虫

    かまきりはかまきりのまま土に死す

    捨てしものどれも露けし句屑また

    父の墓吾を待ちかね傾きぬ

    夜見帰りあるはずもなし初紅葉

    われに残る毛物の匂い初紅葉

    林檎の尻わが手を拒むごと固し

    この世の頬あの世の頬の林檎かな



     2014年 10月   奥 歯      高 野 ムツオ


    みずうみは大いなる翅朝曇

    ぼうふらの棒振る力夜が明ける

    死後伸びるものに髪・爪・雲の峰

    雀・烏・鳩豪雨後の灼熱に

    英霊という名の死霊日かみなり

    晩夏光絡めて舐めよ切傷は

    筋骨を伸ばす山脈夏の果

    蝉の骸その空洞に満つるもの

    青空は開かぬ緞帳法師蟬

    銀翼は蜻蛉にもあり蜻蛉死す

    西瓜の皮その先は闇原子炉も

    仰ぐとき皆胸そらす鰯雲

    こおろぎの声転がって露無辺

    明日は明日しかし明日なし虫時雨

    この赤梨天鈿女の乳房ほど

    骨となる際の炎の音秋の風

    宵闇や舌に崩れる金楚糕

    あぎとえるものら集まり月を待つ

    奥歯噛むとき濃くなってくる秋日

    秋日和眠れば我も一瓦礫

    かりがね来栗駒山の胸乳分け



     2014年 9月   夏の月      高 野 ムツオ


    生者死者息を合わせて今朝の海霧

    我もまた橋下の生まれ竹落葉

    荒梅雨や息が絶えても眼を開け

    吊革に伸びるどの手も梅雨の底

    梅雨の川ただ川として誕生日

    眠られぬなら夏草の根を思え

    蘆切の舌の炎が夜もすがら

    集団的自衛権あり目高にも

    この世には無き顔ばかり扇風機

    蝙蝠や暮光は今も額にあり

    人間など眼中になし蟻の列

    浚いたきもの夕焼とわが詩囊

    箸揃え置く万緑の夜の底

    この世より首を伸ばせば夏の月

    東京は鯉の口さえ炎暑なり

    和して同ぜず炎昼の亀の甲

    山々に名もなき頃や夏霞

    喉を抜け五臓を走れ夏の川

    夏落葉あれは蝦夷の眼の光

    灼けて木も歩きだすなり陸奥は

    晩夏光桜の根元にて澱む



     2014年 8月   梅雨夕焼     高 野 ムツオ


    一枚の雲海として岩手あり

    谷川は女陰五月の瑠璃を生み

    藁神の藁の男根やませの国

    やませ千年奥へ奥へと田を刻み

    奥羽山系その一襞に緑雨受く

    間引れず済みしにあらず緑雨来る

    天の川その暗光の独活を食う

    あの音は木々の骨なり緑の夜

    壜底に星雲ここはイーハートヴ

    水芭蕉神の灯としてマタギ村

    一葉ずつ揺れて青蘆夜見にまで

    白根葵千早被りて口寄せす

    雨粒は臼子の跋扈大緑雨

    緑雨呼ぶあの世の顔の木ぼこ達

    家蠅の翅にもありぬ虹の色

    百代の過客百足もげじげじも

    蕗の葉の下が栖や臍曲り

    存えん梅雨夕焼を喉に溜め

    梅雨夕焼眇目をすれば見えるもの

    紫陽花は天体翅をもて渡れ

    遠雷や古山のぼるその肺腑


     2014年 7月   蕗の下      高 野 ムツオ


    雪解水幼霊もまた岩走る

    蕨手は夜見の手それも幼き手

    たましいに色形なし夜の代田

    飛ぶならば夜の代田をすれすれに

    雑魚の目の無方無数や朧の夜

    陽へ白子背鰭尾鰭を鋼とし

    南部若布秘色を滾る湯にひらく

    遂に覚めぬ朝もあるなり木の芽雨

    杉は千年空は億年蝶過ぎる

    骸骨が軋むや花に酒に噎せ

    鬱金桜の鬱金千貫被曝して

    福島の地霊の血潮桃の花

    蛙声もて楚歌となすべし原子炉よ

    葉桜の銀箔これも祈りなり

    深過ぎる牛の眼と夏の空

    巨大なる水晶体ぞ緑夜とは

    フライパンの底の炎も緑夜なり

    喰う魚も喰われる魚も聖五月

    卯月浪祖霊は鹹き手を上げて

    父母祖父母そのまた祖も蕗の下

    梅雨に入る草それぞれに無名の名



     2014年 6月   紙 屑      高 野 ムツオ


ぶらんこの揺れるは風のためならず

    摘まれんと出でしにあらず蕗の薹

    紙屑も宇宙の塵か春の夜

    あれは代掻烏ぞ脚をそっと上げ

    まず一輪朝日に開花宣言す

    声になる寸前にして桜かな

    花の声セシウムストロンチウムとも

    花万朶被曝をさせし我らにも

    これよりは木だけの時間花は葉に



     2014年 5月   初 桜      高 野 ムツオ


    雪解雫音も地べたを穿ちおり

    羽なきもあるも遅春の日溜りに

    消されゆく沼も一つの日永かな

    寒風沢の初音は明日へ取って置く

    若布喰い白魚を喰い涙ぐむ

    乗込のみな薔薇色の喉見せず

    疎開児童避難児童も春夕焼

    目の無きも仰ぎ見るべし春の月

    蚯蚓千匹動き出すなり春の月

    寝返りを打つ他になし帰雁の夜

    時計より消えたる振子鳥雲に

    春雲は少年時代のわがパンツ

    震災忌原発忌いや人類忌

    みちのくの我も生霊初桜

    恐ろしき未来が遺産花の山

    二万人ぐらい乗れそう花の雲

    桜餅風も光も食べに来い

    死に体の大福餅や花の空

    千手には足らねど塩竈桜かな

        髙柳克弘・神野紗希へ
    みちのくの春の夕日を華燭とす




     2014年 4月   堅 雪      高 野 ムツオ


    涎鼻水瓔珞として水子立つ

    寒夜無限地底の放射能無限

    飛ぶときは菊座もあらわ寒の雁

    大寒の砕け散らんと波襖

    寒の雨この世もともと死者のもの

    刻まれし痛みか葱の白光は

    母に膏薬我には冬日のみありき

    崖氷柱日本に日本昆虫記

    ファーブルの帽子はすでに春隣

    死後あるとすれば雪山這う木霊

    人類も森へ帰れと遠雪崩

    堅雪に積む雪人類古くなる

    流されるために生まれし雛の顔

    声のなき声春雨となって降る

    海髪伸びよ原子炉絡め尽くすまで

    桜餅風も光も食べに来い

    紅梅や見上げるときはみな毛物

    句を作るならば駄目元梅白し

    噴き出たる骨髄であり梅の花

    瓦礫失せしことすら忘れ春渚

    日に三度雀来しのみ春の風邪



    2014年 3月   累 卵      高 野 ムツオ


    初句会雀に鴉鵯も来る

    天窓を出入口とし寝正月

    千日の一日一日へ冬日差

    大冬木星の滅びし以後も斯く

    星の音マスクをすれば聞こえ出す

    帽子屋の帽子の未来雪が降る

    福島は骨盤吹雪無尽蔵

    海のみが太古のままや藪柑子

    宇宙には隅などあらず寒の鯉

    ただ凍る生が奇蹟と呼ばれし地

    凍る太陽壁に未だに死者の声

    大寒の朝日を浴びよ我が遺体

    凍れ日のこれも花とか魚の腸

    人の世は見えぬと寒のどんこの眼

    寒日和われもいつしか鰓呼吸

    大寒の此処が鬼房生まれし地

    凍蝶のよみがえるごと湾へ潮

    戛々と踏んで凍天降りてこい

    星屑も掃くほどありき土竜打

    地の底に籠もる海鳴り小正月

    土中なる累卵の数鬼房忌



    2014年 2月   千 年      高 野 ムツオ


    冬に入る笹蒲鉾の弾力も

    臍の緒を辿るが如し枯野道

    傷痕として極月へ神田川

    踏むならば白刃踏めと落葉舞う

    吹溜り即ち冬日溜りなり

    鵬翼を伏せて大阿蘇ひた眠る

    草千里とは一枚の冬日差

    億年の途中の一日冬菫

    霜晴や天にはだけて噴火口

    噴煙を天柱として十二月

    冬闇に火の山(かく)し馬刺喰う

    火の国の我も火男馬刺喰う

    火の国を去らんとすれば小夜時雨

    大樟も渦増す途中十二月

    歳晩や朝日は一戸ごと奥へ

    大年の溝へと疼き潮満ち来

    初山河直前にあり凍山河

    白鳥の山河を覚ます声しきり

    初涙誘い出したる初笑

    初売の檻の子犬へまた日差

    みちのくの闇の千年福寿草



    2014年 1月   怒濤音      高 野 ムツオ


    海の光もろとも置かれたる蜜柑

    揺れ止まぬのは蘆の意志蘆の花

    初しぐれ睫毛に鼻に胸奥に

    芭蕉忌のまずひっかぶる荒時雨

    どの星がこぼせし時雨かと見上ぐ

    もう幾つ寝ると雪来る鯨餅

    信濃五尺出羽十尺まもなく雪

    脊梁伸ばし脊梁山脈雪を待つ

    今来たと手を次々に小春波

    夢かつて売るほどありき冬蕨

    冬菫声を懸ければ色潜め

    散ればみな莫逆奥の冬紅葉

    欠伸してこの世に戻る冬日和

    鉄雲母冬日にきらと集合し

    我もまだ溶岩(マグマ) なるべし霜の夜

    重さなき重さぞ膝の冬日差

    ことごとく我らを睨み冬の星

    吊るされし鮟鱇が生む怒濤音

    鮟鱇が切られるたびに星光る

    此処へ戻れ此処へ戻れと冬陽炎

    仰向けとなれば目玉冬の沼



  

パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
  copyright(C) kogumaza All rights reserved