小 熊 座 2013  高野ムツオ  (小熊座掲載中)
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    2013年 12月   露の玉      高 野 ムツオ


    五十年経てば霊水蟬の尿

    大花火生者のためにまた揚がる

    汚染また無尽蔵なり天高し

    立山は水晶作り秋の雨

    父も母もなけれど露の玉無数

    打たれ死ぬ鮭の婚姻色を見よ

    満月やそのまま津波供養塔

    水底に目をひらくもの十三夜

    もともとは葛のものなり陸奥の国



    2013年 11月   秋天下      高 野 ムツオ


    此処かつて人が住みしと雷鳴す

    稲妻や眠れる魚の眠らぬ目

    これも又一枚の胞衣夕花野

    雁や渚に竜頭巻き居れば

    雁来紅詩は眉上げて作るべし

    一雨ののちは銀泥虫の声

    新米は大口をもて眼をつむり

    秋天下噴火口また噴火口

    残夢残生残月これも豊の秋

    2013年 10月   スペイン断簡   高 野 ムツオ

           コリア・デル・リオ    
    みな末裔アンダルシアの夏の影

    大皿のパエリア太陽一個分

      シマンカス総文書館
    古文書は永久に眠らず夏燕

       マドリード
    シエスタの夢夏空に溶けている

      マヨール広場
    異端尋問ありし広場や夏の星

        デスカルサス・レアレス修道院
    百日紅受難の傷は今も血を

    柩に敷くならラ・マンチャの麦畑

        サンティアゴ・デ・コンポステーラ
    夏も時雨れて千年前の杖の音

      サグラダファミリア
    炎天を目指して未完聖家族



    2013年 9月    梅雨夕焼     高 野 ムツオ


    楡若葉天に届いているさやぎ

    波となりまた緑陰を一人過ぐ

    夕日には届かぬ首を苔の花

    緑陰の他は砕けし光なり

    夢ありて麺麭を這うなり黴の花

    後肢を残しががんぼ溶暗す

    一もよし万もまたよし夏の星

    人に翅あれば何色蛇の衣

    自ずからは土鈴は鳴れず梅雨夕焼



    2013年 8月    夜の潮      高 野 ムツオ


    明日は三月十一日の夜の潮

    制御不能なのは人間春の闇

    うららかに花綵列島消えている

    地母神が深息をして春の空

    産道のごとき川筋初桜

    花冷やまだ見つからぬ骨片も

    花見弁当大震災の記事の上

    洗いたきものに内臓花の昼

    青空に同じ青なしライラック

    雛菊と名告り此処にも彼処にも

    禿頭に跳ね飛沫なす若葉光

    死蛍の濃くなる匂い家出せよ

    草いきれより始まりぬ百蟲譜

    白扇や千里彼方の波を生み

    黒揚羽あれは光の裏返し

    もともとは一個の卵汗をして

    空駆けるなら自転車で緑の夜

    ハンカチは波の一片汚れても

    腸に梅雨の光の差す齢

    帰るべきところは梅雨の夜の森




    2013年 7月    億 年      高 野 ムツオ

    キン族の雨期の色の眼空港より

    アオザイや国の形も女体にて

    ベトナムは花も兵士も無名のまま

    椰子の実を抱き椰子の木揺れ通し

    太陽へ至らん煉瓦積み上げて

    身を反らす伽羅の一片夏の月

    オートバイの灼熱の渦今は雨期

    少年の眼にベトナムの闇未だ

    枯葉剤浴びし末裔夏草も

    ココナツを飲むなら全裸夕日浴び

    ベトナムコーヒー呑めば目玉が熱くなる

    ベトナムの空の味なり空心菜

    牛虻の翅ベトナムの沼の色

    火炎樹の花に始まる夏休み

    億万の白鷺の脚スコールは

    ベトナムの夏星夢の中にのみ

    指もて舐めよメコンデルタの蜂蜜は

    枕によきメコンデルタの大蛇かな

    濁りしまま澄みて億年メコン川

    メコン川永久に濁りて永久の夏


    2013年 6月    潮 焼      高 野 ムツオ


    木の根開く開ける音楽なけれども

    波はきらめき人はまたたき三月へ

    朧夜や何処に立ちてもマグマ上

    日輪と乗込鮒の目の百輪

    天上へ届けと乗込鮒の鰭

    生くること憐れみ春の星潤む

    春の日や生れては消え又生れ

    潮焼の目鼻口耳春の風

    湾口へ春潮破水せしごとく

    生るることなかりし詩片春の雲

    春日影消えれば人も人影も

    万の波寄せきて春の闇となる

    足二本とは寂しやと恋の猫

    死者と酌む春宵千金より重し

    無くてよいものに此の世や花の闇

    花びらの声掛け合って散る間際

    蘆の芽のまず太陽に黙礼し

    春嶺や追悼の青憤怒の青



    2013年 5月    陽 炎      高 野 ムツオ

    星雲は宇宙のとぐろ春を待つ

    四十雀山雀小雀春を待つ

    柊にいつ刺されしか眼が痛い

    冬眠のままの死もあり漣す

    薄氷の生れるときの声を聞け

    薄氷や大人になれなかったよと

    夜見もまた春と耳打ち春の風

    鳥影の一影として斑雪野に

    白梅の湧き出る力また一輪

    堅雪やこの先かつて無何有郷

    沫雪の沫の光に棄村あり

    今受胎したる瞬き春の星

    瓦礫でなき頃の瓦礫へ春の月

    白魚のまなこ無数が陸奥の国

    永き日の一塵として手を合わす

    春寒雪嶺みな棄民の歯その怒り

    いつしかに春星作文集「つなみ」

    原子炉と未来語れば遠雪崩

    陽炎や地球瓦礫となる日にも



   2013年 4月    凍 蝶      高 野 ムツオ


    梢みな木の触手なり小正月

    烏賊人参龍宮童子二度と来ず

    仮設百燈一燈一燈寒の華

    紅涙は誰にも見えず寒の雨

    揺れるとは生きていること寒の地震

    瓦礫より人形歩き来る寒夜

    寒濤や夢にまで手が伸びて来る

    津波より怖きものあり寒雀

    飛ぶものの眼の他はすべて寒

    枯蘆のどの根もみどりなして寒

    寒木の影海へ向き海の色

    寒星やカレーライスに集り来

    何頭を喰いたる我か寒月光

    鱗生えるまでは億年寒の月

    寒燈下母もつまりは女体なり

    寒薔薇その襞奥のマグマなす

    寒鰤寒鯛みな身を切って泳ぎ生く

    大寒の陽が缶詰の鯨より

    大寒の潮噴岩を見て飽かず

    ねんねこや瞼擦れば明日が見え

    鬼房忌振袖火事の火は今も

    底冷は京みちのくは底知れず

    巻くならばマフラーよりも眠る蛇

    マフラーを巻いてこの世の隅っこに

    運命線乗ったことなし冬日和

    青春はたぶん光速冬すみれ

    山は動脈川は静脈雪が降る

    山の木のきぼことなりて吹雪呼ぶ

    飛雪の木首を傾げて翼伸べ

    凍裂の木の軋みにも明日はあり

    みちのくの胎盤として結氷湖

    雪しまき今夜あたりは炎となるか

    雪の暮川は自ら光り出す

    山どれも秘奥を蔵し雪の川

    煩悩具足五欲も兼備雪の底

    わが布団よりも厚そう雪の畑

    臍の緒は一人一本川凍る

    首のない水仙恋を語り出す

    被曝してよりの紅潮冬林檎

    冬林檎刃を入れし時軋む

    冬林檎香を放つは悼むため

    冬林檎その骨盤のごとき芯

    凍蝶に心臓ありて鼓動あり

    凍蝶は生きている蝶日が上る

    饑餓知らぬ世代の我や凍る蝶

    内臓は蠢く薔薇か冬深し



   2013年 3月    草石蚕      高 野 ムツオ


    億年の一日の小春日和かな

    木の国のここが女陰や炭を焼く

    川なべてもともと大蛇石叩き

    日影一条あれは非在の白鳥か

    今日のみの今日の空あり冬木立

    我もまた一塵蕪村忌を修す

    湯豆腐や星が恋しくなるばかり

    歳晩にあり高瀬川天の川

    木枯や角屋の土間に魑魅として

    冬枯るる琵琶湖疎水の一脈も

    行年や翼を以て空を統べ

    初御空万年床より首を出し

    揺れてこそ此の世の大地去年今年

    新玉は眠れる鴨の羽の中

    ちびた筆ばかりなれども筆始

    活火山百を並べて草石蚕喰う

    恋ならば地獄もよけれ初霞

    死者二万餅は焼かれて脹れ出す

    大川小学校の泥去年の靴

    念力で生える羽あり藪柑子

    寒気荘厳原子炉建屋もわが部屋も



   2013年 2月    岩 手      高 野 ムツオ

    日高見の源流にして大冬芽

    涸川も恋も蜿蜿たるがよし

    蛇怖し熊怖くなし山住みは

    啄木に啄木の闇林檎煮る

    渋民の空も林檎も袋詰

    舌先に公魚の鰭まだきらり

    冬日和恋に破れし山もまた

    日高見へ来よ凍星の音聞きに

    岩の手の金剛力も冬に入る

    落葉松は垂直の弦冬落暉

    落葉松の千手広げて雪を待つ

    鉈切大根朝日をまぶし囓るべし

    鞭打てば駆けるか雪の早池峰は

    死後などはなし凍裂の岳樺

    爪弾きの一弦冬の神田川

    太陽は日々生まれたて霜柱

    冬菊に喉のありて声洩れる

    揺ぎなき原子炉信仰冬すみれ

    生れ変れるならば石ころ冬日和

    冬木立また冬木立わが行手

    瓦礫山ますます巍然年の果



   2013年 1月    朝 影      高 野 ムツオ
    

    眼底に落鮎跳ねて眠られぬ

    草の根の白きが力台風圏

    石鏃やこの世の外へ虫時雨

    ちぎられし翅一枚が陸奥の国

    翅も葉も空へ還りて空青し

    瓦礫には瓦礫の夢や十三夜

    蘆の花津波の記憶ごと揺れる

    雲絶えず形生みおり七五三

    一言も洩らさず銀杏黄葉せり


         秩父五句

    億年の秋日重ねて地層とす

    額にまず秋日が刺さる一揆の地

    一刻立てば我も一木冬の山

    霧が湧く秩父はかつて海の底

    三月の海底思え眠るとき

       鳴子五句

    紅葉山その朝影を褥とす

    戯雨とも狐雨とも綺羅をなし

    滑子汁溶岩(マグマ)溜りに我ら住み

    大津波忘れておれば冬の虹

    木枯や水底にして叶う恋





  

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