小 熊 座 2011  高野ムツオ  (小熊座掲載中)
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   2011年 12月    秋 燕      高 野 ムツオ


    晩夏光呑めと一刃我が前に

    夕風は誰がてのひら夏帽子

    秋の蟬熔岩(マグマ) が呼吸するごとし

    照らされし順に立つべし稲光

    鰯雲地球を離りゆくところ

    百骸九竅あるゆえ酷暑残暑あり

    秋燕となり電線にまた一羽

    宇宙ありその隅にあり虫の闇

    台風来泥より手足首も出せ

    陽石(リンガ) 一基野菊一群わが辺土

    目鼻口耳それぞれに良夜あり

    見たことのなき原子炉の火も秋へ

    原子炉の火もあえぎおり秋夕焼

    放射能降る国水が澄むと言う

    海を見に螻蛄男雨彦稲子麿

    蘆鳴れり一本ごとにいっせいに

    溝蕎麦の声陸奥国鬼切部

    霧は息野菊は睫毛鬼眠る

    八千草に隠れて我も鬼の裔

    栗を喰う襤褸のごとく闇を負い

    オーシツクツクオーシツクツク湖の底



   2011年 11月    夏の影      高 野 ムツオ


    二〇一一年の夏影あらず

    陸中は空に浮く国海猫千羽

    死後遺す何もなけれど蛇の衣

    西瓜喰うならば触角生えるまで

    擬死のまま至る死のあり大西日

    蠛蠓とノーモアの声渾然と

    九穴を生者も開き八月へ

    死者のためこの世はありぬ月見草

    天の川攫われ消えし家の上

    靴下のかたちに眠る星月夜

    真っ暗な月日のありて葛咲けり

    慟哭の百夜に鰯雲一夜

    手帖よりあふれて夜の鰯雲

    この世とはすべて残像法師蟬

    あれはもう木の一部なり秋の蟬

    鳳仙花大森知子の声がする

    一枚の明日一枚の秋風に

    眼光は死後も残れり虫の闇

    翅と髭もて入るべし虫の宿

    G パンの穴の中なる無月かな

    死してなお癒されぬこと雨の月



   2011年 10月    涙  痕      高 野 ムツオ

    瞳孔を全開にして梅雨に入る

    走り梅雨鳩サブレーが割れている

    梅雨雀誰を捜しているのだろう

    梅雨茸小首を傾げ眇をし

    球をなす蚯蚓の家族夜の地震

    天降り来るみな魂ぞ夏の雨

    潮騒は額で聞くもの夏燕

    五月蠅なすものは人のみ夏の空

    暮れてなお空を見つめて母子草

    夏潮に乗り万霊よ声上げよ

    小池光生まれし町のただ灼けて

    炎天の涙痕として勿来川

    其処に彼処にありたる家の軋む夏

    瓦礫より出て青空の蠅となる

    汗ひいて来れば見え出す蝶の翅

    夏草や影となりても生きるべし

    光るとは悼むことなり夏落葉

    残りしは西日の土間と放射能

    俘囚たり西日の放射能を浴び

    蕃茄茄子胡瓜いずれも目が細し

    来世とは蛍袋の中にのみ



  2011年 9月    余  震      高 野 ムツオ


    日々新た死者も草芽もわが老いも

    犬釘の曲れる力梅雨の陽に

    夏草のわれも一本断崖に

    土饅頭百を今夏の景とせり

    原子炉に夏の陽これは絶滅後

    蛍火や田畑人家ありたる辺

    蛍出る頃潮満ちて声満ちて

    捨てられて光りてビニール傘の夏

    夕焼の死後へと続く余震かな



  2011年 8月  百日過ぎて     高 野 ムツオ

    津波這う百日過ぎてやませ這う

    はじめより我らは棄民青やませ

    万の手に押され夏潮満ちて来る

    肋見せ奥羽山脈緑噴く

    十薬は上を向く花我も向く

    金蛇に会いたる夜のしろがねに

    姫著莪のため谷底はかく深し

    汐の木は佐藤鬼房南風吹く

    富士壺の吸い付く力夏の月



  2011年 7月  桜満つ        高 野 ムツオ


    みちのくの今年の桜すべて供花

    みちのくはもとより泥土桜満つ

    桜とは声上げる花津波以後

    犇めきて花の声なり死者の声

    死の恐怖死者しか知らず花万朶

    仰向の船底に花散り止まず

    ヒロシマ・ナガサキそしてフクシマ花の闇

    一目千本桜を遠見死者とあり

    花の地獄か地獄の花か我が頭上



  2011年 6月  大津波        高 野 ムツオ


    膨れ這い捲れ攫えり大津波

    春光の泥ことごとく死者の声

    やがて血の音して沈む春夕日

    車にも仰臥という死春の月

    春霙吸ってきらめく勿来川

    地の底にまで沁みてゆけ牡丹雪

    泥かぶるたびに角組み光る蘆

    人呑みし泥の光や蘆の角

    嘴に動く鰭あり春日に満ち

    瓦礫みな人間のもの犬ふぐり

    白梅の闇に包まれ死者の闇

    鬼哭とは人が泣くこと夜の梅

    厠上にて明日を思えば梅匂う

    げんげ田は今も津波の泥の下

    陽炎より手が出て握飯摑む

    囀の円光死者も入り来よ

    すぐ消えるされど朝の春の虹

    朧夜の柱の中をのぼるもの

    東京の緞帳として牡丹雪



   2011年 5月  大地震        高 野 ムツオ


    飛雪して北上川は血脈なり

    雪嶺と並び前沢牛寝まる

    雪嶺は牙おおかみの絶滅後

    四肢へ地震ただ轟轟と轟轟と

    天地は一つたらんと大地震

    常の座へ移るオリオン大地震

    雪解星天の穴より顔を出す

    地震の闇百足となりて歩むべし

    心臓も木瓜もくれない地震の夜



   2011年 4月  白菜        高 野 ムツオ


    心臓は心臓として寒に入る

    大寒の我は水蠆なり朝日待つ

    鉄橋に翼の軋み霜の夜

    白菜に白菜の夢雪を被て

    暁闇へ乗込鮒の目玉百

    乗込や尾鰭胸鰭背鰭もて

    乗込に天上天下などはなし

    乗込の雪中行軍するごとし

    乗込のここは亜細亜の突外れ



   2011年 3月  鰓         高 野 ムツオ

    ぬばたまの闇がもっとも淑気満つ

    一湾の光もろとも年酒酌む

    何処にあり冬青空を生む泉

    寒鯉の鰓より炎なせるもの

    寒鯉の目の玉だけで生きている

    日の翼蹴って寒鯉鎖籠る

    月光の澱みが褥寒の鯉

    寒鯉が頭を星空へ突き出しぬ

    寒鯉の宇宙に浮かび居るごとし



   2011年 2月  鉄亜鈴      高 野 ムツオ


    地下鉄で行ける王国冬の雨

    冬を越す虫と奥本大三郎

    鉛筆で描けばたちまち冬の水脈

    味噌汁を吹けば冬日がさざなみす

    冬の日が産み落としたる鉄亜鈴

    ハーモニカ横丁明日はきっと雪

    巨大Gパン隣に巨大ブロッコリ

    東京は寒し青空なればなお

    吹かれ来しごと数え日の東京に



   2011年 1月  牛の糞      高 野 ムツオ


    隠岐の国牛の糞もて冬に入る

    噴き出でしままの億年冬の巌

    裸木のごとくきらめき出雲の人

    冬波の他なにもなき夜を愛す

    溶岩に野菊を挿頭し日本海

    大水薙鳥大営巣地今日は霧

    友を待つ冬の噴水待つごとく

    冬波の他なにもなき夜を愛す

    冬雨の一滴として旅の果


  
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