すこやかな魔性に乾杯去年今年
赤銅(しゃくどう)の朱夏ひつさげて乳房くる
その無垢でひそやかな孕み白牡丹
紙魚(しみ)とまた衣魚 (しみ)とも市井の隅に生き
遠い血の赤をいまだに雁来紅(はげいとう)
お静かに鬱(うつ)はむらさきしじみ蝶
夏の川河童の墓碑銘水漬(みづ)く死と
ぶつぶと田螺(たにし)の愚痴を聞いて寝る
落ちこめば叩きのめすと夕立かな
岩魚には岩魚のさだめ岩に孵化
強者の世遠く蟋蟀聴くばかり
妻はねむりわれはねむれぬほととぎす
耳病んで奈落に蚯蚓(みみず)聴くばかり
鬼やんま老いの怠惰を覗き見か
われのみを客に老蝶の舞い納め
さび鮎を焼くあかあかの暮色かな
蝗煮て少年飢餓という日あり
とりかぶといつか彼奴(きやつ)という思い
銀紙の舟に落鮎乗せてやろ
山玄(くろ)く河また玄き国の冬
あいまいを和としこの国冬の靄(もや)
冬銀河叩いて落とす棹(さお)もてこい
阿呆とも愚鈍とも雪を掻いており
名を捨てて花の行脚(あんぎゃ)にゆくという
花の詩に君酔いまたも征く勿れ
ああこりゃこりゃ遊びをせんとや花の国
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魔 性 以 後 阿部宗一郎
著者略歴
大正12年6月 山形県朝日町に生まれる
16歳で太平洋戦争に参加、捕虜として抑留
通算8年9カ月。昭和58より俳句を始め「馬
酔木」「海程」「沖」を経て「小熊座」に至る。
現代俳句協会会員、「小熊座」同人
句集「魔性1」「魔性2」
詩集「雪女郎」
俳句とエッセー「村住まい」「砂の十年・五千軒」