佐藤 鬼房序より <抜粋>
百歳のわれを見ている朧の木
架空でありながら、幻想に終ってしまわない根性のしたたかさがある。
何十年か先の作者自身を今にひきよせ見つめている朧の木こそが、
作者の分身なのではないか。このカオスを帯びた超俗の風姿がいい。
筐づめのけむりが届く薔薇館
爽やかな初夏の薔薇館。それはどうしても中世風な面影を残しながら
も、瀟洒な洋館でなければならぬように思えてくる。そうび館と読むか、ば
らやかたと読むかでイメージが異なるが、私は後者に従いたい。弥栄子
の筐は外部から何ものか得体の知れぬものから届けられたのだ。作者は
すでに中身が朦朧体なのを知っているのだ。何か霊感を備えているような、
その時の作者の畏怖の予感に私はたじろぐ。薔薇の季節の小箱はバンド
ラの筐なのか、龍宮からの玉手箱なのか。或いはもっと割り切ってドライア
イスなのかも知れない。然し私には何も判らない。
生まれずの弟も居る灯蛾の乱
クローバをつなぎなほして喪に致る
鳥渡る天の閂はづされて
水餅の豹変を待つ闇のあり
とめどなく姉は毀れて桜貝
沸々と桜の天や供寝して
敵が増ゆさくらさくらと永らへば
母はいまけだるき吉備の水軍
灯ともせばわが世の春や塩壺も
僧来るを夜風とおもふ桃畑
片栗の花峠から鳥になる
三界は良し歳晩のうたたねも
或る日われ鉄塔のかまきりであり
楝散り街道は馬輸送中
蒼ざめて馬もこの世も花吹雪
九月の獏銀座四丁目の男
ひと撫での秋やわが身も擂粉木も