朧の木  平松 弥栄子
プロフィール
大正14年大分市に生る
昭和32年「馬酔木」入会
「鷹」「序曲」各同人を経て
平成7年より「小熊座」同人
平成2年小熊座賞受賞
句集「陽のみち」「転生」
現代俳句協会会員
佐藤 鬼房序より <抜粋>
 

     百歳のわれを見ている朧の木
 
 架空でありながら、幻想に終ってしまわない根性のしたたかさがある。
何十年か先の作者自身を今にひきよせ見つめている朧の木こそが、
作者の分身なのではないか。このカオスを帯びた超俗の風姿がいい。

     筐づめのけむりが届く薔薇館

 爽やかな初夏の薔薇館。それはどうしても中世風な面影を残しながら
も、瀟洒な洋館でなければならぬように思えてくる。そうび館と読むか、ば
らやかたと読むかでイメージが異なるが、私は後者に従いたい。弥栄子
の筐は外部から何ものか得体の知れぬものから届けられたのだ。作者は
すでに中身が朦朧体なのを知っているのだ。何か霊感を備えているような、
その時の作者の畏怖の予感に私はたじろぐ。薔薇の季節の小箱はバンド
ラの筐なのか、龍宮からの玉手箱なのか。或いはもっと割り切ってドライア
イスなのかも知れない。然し私には何も判らない。



  

     生まれずの弟も居る灯蛾の乱

     クローバをつなぎなほして喪に致る

     鳥渡る天の閂はづされて

     水餅の豹変を待つ闇のあり

     とめどなく姉は毀れて桜貝

     沸々と桜の天や供寝して

     敵が増ゆさくらさくらと永らへば

     母はいまけだるき吉備の水軍

     灯ともせばわが世の春や塩壺も

     僧来るを夜風とおもふ桃畑

     片栗の花峠から鳥になる

     三界は良し歳晩のうたたねも

     或る日われ鉄塔のかまきりであり

     楝散り街道は馬輸送中

     蒼ざめて馬もこの世も花吹雪

     九月の獏銀座四丁目の男

     ひと撫での秋やわが身も擂粉木も