俳句時評
2025.vol.41 no.483
AI が俳句に及ぼす影響と展望③
及川真梨子
まさか三回も書くとは思っていませんでしたが、それなりに「思うところ」が溜まっていたのだと思います。もう少しだけお付き合いください。
AIを活用しよう、便利に使おう、というときに、忘れられがちなのは、現在の生成AIは「人工知能としての能力を持つ」ことと、「出力されることはディープラーニングされたものに基づく」という二点の特性から、成り立っているということです。
チャットGPTが全盛になり、AIとは質問を入れると流暢に答えるものである、それぞれの会社でいろんな名前があるようだ、というような現れ方をしています。しかしそもそもはAIとは人工知能のことで、人間と似たような情報処能力をもつコンピュータの情報処理システムことです。人工知能の名前の通り、持っている能力は、人間の頭の働きや考える力に相当するものです。
人の脳に例えると良いのだと思います。AIには脳があり、そこに情報が蓄えられ、その中の選ばれた言葉(あるいは映像や他のもの)を出力します。
出力される言葉はAIがディープラーニングしたものに基づきます。それまでに学習したものの中から情報を取り出し、適していそうな事柄を出力してきます。
これも人間と似ていて、私たちは今まで生きてきた中の知識や経験で判断を下します。また、国語の勉強だけしていても、数学のテストは解けませんから、学習をしていない事柄は、適当になるか、それまでの知識であり合わせの答えを出すことになります。どんなにIQの高い頭脳を持っていても、例えば危険物取扱者の資格が欲しければ、その勉強をしなければ受かりません。
著作権の問題が出てくるのはこの、AIが何を学習しているのかという部分です。例えばチャットGPTはインターネットの膨大な情報を学習しているため、様々な情報をより合わせて最もらしい言葉を出力することが出来ます。しかしインターネット上には、大量の著作物があるわけです。質問によって情報の濃淡は変わるでしょうが、著作権を侵害しかねない内容を作ることも可能ということですAIがどんな機能を持っているかではなく、どんなものを学習しているかが問題になっているのです。
例えば、作家の○○みたいな小説を書いて、と指示すれば、インターネット上で読み込んだ作家の○○の特色を色濃く残した文章を出力するでしょう。著作権の侵害を回避するための方法はまだ、使用する人の倫理観に委ねられています。
逆に、これを上手く利用すれば、既に亡くなった作家やアーティストの質の高い模倣が安定的に出来ることになります。2019年の紅白にはAI美空ひばりがでましたし、手塚治虫の生成AIのマンガが出たのは2020年。これらももちろん賛否があったようです。特に、人間本人が歌や動きという体に付属する魅力を発信するもののコピーは、文章や絵という人間から出力され、複製されたものよりも、
問題が多いように思います。
『PRESIDENT』2024年10月号に掲載された、世界的な哲学者マルクス・ガブリエルのインタビューの中で、AIの特性について端的に触れています。…今やAI全盛の時代ですが、AIは思考することができるのでしょうか。AIはあくまで人間の思考回路になぞらえて設計された機械であり、能動的、 主体的な思考はできません。ですから結論は、「AIは思考できない」です。
確かにAIは知的に感じられます。…(中略)…AIが特定の問題を解決する効率が、人間よりも高いだけのことです。人間には内面があり、主体的思考があります。AIの内部に人の思考は存在していません。そこにあるのは回路と電流だけです。
AIが思考できないもう一つの理由は、AIが誤ることができないことです。AIは、機能しているか、または機能不全に陥るかのどちらかでしかありません。…(中略)…AIに知能はなく、人間の思考の模倣モデルにすぎないのです。…
現在のAIが最も得意なこと、それは人間の模倣なのだと思います。人間が作った作品を高いクオリティで模倣する、それが容易に行われる。それに伴って人間側で行われるのが、AIから出力されたものへの感情移入なのだと思います。
例えばAIの作った絵が好きになる、AIの作った俳句に感じ入るなど、その作品の先に作り手がいるように、心が動かされることがあります。AIとなめらかなコミュニケーションを取って、心が癒やされたという使い方もあるでしょう。
しかし、AIに心や情熱はどこまでもなく、思考すらありません。私たち人間は、強弱を持って物事を受け取り、論理的な判断や好き嫌いでもって取捨選択をして思考していますが、思考がないAIは全ての情報が平均的に処理されます。
例えば俳句に於いて、この言葉をここに置くのは、俳人であれば感覚的であれ論理的であれ必ず理由があるでしょう。しかし、AIがその言葉をそこに置く理由は、「みんな」がそうしているからです。
また、AIの出力したものにAI自身が与える価値はありません。AIはこれがいい句だと思って作っている訳ではないのです。
AIの出した俳句に感じ入る、良い評価を付けるという事象にあるのは、受け取る人間側の能力の高さでしょう。俳句に限らず、読む、評価をする、好きになる、感想を言うという時には、すでにその作品は解体され、読者に吸収されてから、再構成されているというのが正しいのかもしれません。
ものを生み出し、その作品があるということと、それを他者がどう受け取めるかということの間に生ずる乖離や断絶は、AI作品ではなおさら意識されることなのかもしれません。