俳句時評
2025.vol.41 no.482
日常として詠むもの
樫本 由貴
『井口時男批評集成 批評の方へ、文学の方へ』をようやく落手した。1993年からの未刊行の批評をまとめた大著である。井口と言えば句集『その前夜』で2023年に現代俳句協会賞を受賞したことが記憶に新しい。本書は彼の文芸批評家としての仕事を余すところなく読むことができる集成である。井口の関心事であった永山則夫を補助線に、安部元首相を射殺した山上徹也を論じる「俳句エッセイ」であるところの「孤独なテロリストたちに贈る九句」などが、俳句に親しむ人間の目を引くであろう。井口がこの中で「あまり知られていない事件」と言うのは、2019年に起きた神奈川県での通り魔事件である。スクールバスを待っていた私立小学校の児童や保護者が無差別に刺され、二人が亡くなった。これは筆者にとり衝撃的な事件であった。事件後、加害者を非難する文言として、社会的に孤立し、追い詰められている立場の人々に自死を迫るかのような発言がメディアで散見されたからである。もちろん反論もあったが、日本社会の格差や分断を思わずにはいられなかった。「テロリスト」と名指される〝落伍者〟を、簡単に他者と割り切って裁くならば、その矛先はいともたやすく自らに向くであろう。
五月に待望の第一句集『或』を刊行した大塚凱は、『ねじまわし』第二号で企画された読書会に『口語俳句協会年刊句集』を持ち込んでいることからもわかるが、プロレタリア詩歌への志向があるのだろう。〈みんなとおなじ忌なら灼かれることもない〉〈履歴書を書かねばならぬ書けば冷える〉〈紙に散る夜食の汁よ死後もずつと〉などの句には、韻律と意味内容の両面から、無頼派の印象も受けはするが、現代の労働者の生の線描が見られる。火事、花火、ナイター、卒業などの、群衆の存在をけぶらせる季語が散見され、主体はあくまでそれを季語として客体化する感覚も、この句集の特徴である。野口る理〈虫の音や私も入れて私たち〉(『しやりり』)以後の、集団からの〝落伍〟を一〇代二〇代で目撃してきた大塚(や筆者)世代の感覚の反映かもしれない。「父」のモチーフに注目する批評もこれから出るだろうが、世代論もまた、現代の二〇代や三〇代が長らく向き合わざるを得なかった問題である。このような句群の中に〈指に揉み消すたんぽぽの茎の汁〉のような、徹底して描写に腐心する句があることが、句集『或』の完成度をさらに高めているように思う。
2025年は、戦後八〇年にあたる(昭和一〇〇年でもある)。『俳句』(角川文化振興財団)の四月号では、栗林浩の短期集中連載「戦後八十年 還って来なかった兵たちの絶唱」が始まった。氏が同誌二月号に寄稿した新作七句には「不戦八十年」のタイトルが付されており、日本が関わってきた1945年以降の戦争がカウントされていないことにぎょっとしたものだが、本連載では無名の、また今の俳壇が忘れ去ってしまった人々の俳句も資料の引用を交えながら紹介されるようだ。戦後八十年を振り返るに、特攻隊や将兵たちの殉死などは日本という国やその文化を再考するためにも避けて通れない話題である。期待したい。同号には池田澄子が新作五〇句を寄稿してもいる。〈あやまちはくりかへします秋の暮〉を書いた三橋敏雄を師と仰ぎ、自らも銃後の経験を繰り返し俳句や散文で語ってきた池田は、今回も〈被爆体験なき偶然を被爆者忌〉などの句を寄せている。この句については、被爆者の亡くなった日が、そしてその原因が、それぞれに違うことは明らかであるために(まさか八月六日や九日を指してこのように言っているのではあるまい)、「被爆者忌」という造語がいかに効果的か、あるいはいかなる想像力の結実なのかは疑問が残る。だが、日常詠として戦争詠がありつづけること、それ自体はいまや池田澄子の特異な作家性の一側面である。
戦争詠が日常詠であることについて、もう一句触れたいのが〈原子爆弾投下映像なり白黒〉である。この句はNHKアーカイブスで見ることのできる「ハロルド・アグニュー・フィルム・コレクション」の映像か。原爆の映像のなかでもっとも有名な、あの、きのこ雲を上空から映した映像である。テレビで放映されたものを見たのであろうか。池田は二月に刊行した同人誌『トイ』の一四号に、〈暑い秋ガザで泣く子をテレビで見〉という句を寄せている。この句は言葉通り、イスラエルによる攻撃の被害を受け、涙する子供を、テレビで見たのである。池田は、エッセイ「また八月」(『本当は会いたし』2021)に、実際には自分も体験していた第二次世界大戦や、東日本大震災や福島第一原発事故、そしてロシアによるウクライナ侵攻などの現代の戦争を、テレビによって受容する自分を書き記している。俳句に「映像」や「テレビ」と言ったメディアを示す語彙が現れるのも、この意識の表出だろう。
先に挙げた池田の句は、例えば2001年のアメリカ同時多発テロを書いた〈ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ〉や、「人類」がやや観念的ではあるが「空爆」は確実に映像で受容している〈人類に空爆のある雑煮かな 関悦史〉などとは、読まれる際の前提を異にしている。なかはらや関の句は、それらがメディアの映像を受容して書かれていることが、読者と共有されることを前提にしている。ゆえに、俳句の中では、テレビやカメラなどの媒体は透明化される。句が立ち上げる世界は、メディアの映す〝向こう〟であることは暗黙の了解なのである。こういう類の句は池田にもあって、〈残暑光被爆者代表立ち上がり〉(『拝復』2011)がそうである。おそらく広島か長崎の平和祈念式典の際の映像を見ての句だが、この一〇年で、池田はメディアを明記することが増えてきていないか。これは、俳句にいかなる効果をもたらすのであろうか。暗黙の了解を破るとき、それは暴露になりえる。テレビや動画サイトで、「映像」で、それを見ているにしか過ぎない〝私たち〟を突き付けてくるものだと理解するとき、第二次世界大戦中の戦火想望俳句などとはまた異なる、「想望」の可能性を思わされもする。