小 熊 座 俳誌 小熊座
高野ムツオ 佐藤鬼房 俳誌・小熊座 句集銀河星雲  小熊座行事 お知らせ リンク TOPへ
 

 小熊座・月刊

俳句時評

2025.vol.41 no.481

AIが俳句に及ぼす影響と展望②

及川真梨子

AIで俳句を作ろうとする時の一番の心配事は「AIで作った俳句が名句だったらどうしよう」というものではないでしょうか。

これはいろいろな側面を持つ問題です。例えば、作った人が初心者だとしましょう。国語の宿題でいやいや俳句を作る小学生でもかまいません。〝「春の川」を使って、悲しい気持ちを表した俳句を十句作ってください。〟と指示したところ、良さそうな句が一つありました。提出すると先生に褒められて、とても嬉しくなりました。できが良いので、なにかの賞に出すと先生が言っています。すると、最優秀賞を取ってしまいました。

さて、この少年の行為は是か否か?OKを出す人は今のところ少ないのではないでしょうか。

まず、AIを使っている段階で、著作権の問題があります。「良さそうな句」ということは、誰かが作った既存の句を盗作している可能性があります。それは、無名の素人かもしれませんし、著名な俳人かもしれません。いずれ、本人が作ったと言えるようなものでしょうか。

少年は何の努力も苦労もせずに先生から褒められ、賞を取ってしまいました。嬉しいことではありますが、この成功体験から得られるのは「ボタン一つで成功できた」ということです。このエピソードでの〝嬉しさ〟というのは〝たまたま賞が取れてラッキー〟程度のものでしかなく、達成感や満足感を得られる類いのものではありません。彼が次の作品をAIで作って評価されなかったとき、俳句を作り続けてくれるでしょうか。

得られたのは、外部からの評価のみであり、彼自身の能力が伸びたり、重要な学びを得られたりした訳ではありません。

苦労せずに成功してしまったという経験を、否定的に感じる人も多いでしょう。目標を掲げ、それに見合う努力をし、苦労してやっと身につけた能力で人は成功するものだ、と考える人は、簡単に得られた彼の成功を認めることは出来ないでしょう。

また、大会で賞を取っているので、少年の外にも問題があります。選者は厳正な審査をしていますが、AIで作った句を見抜けませんでした。またその句に高い評価をつけたということは、大会なんてそんなものなのだと少年は思うでしょう。大会や選者、ひいては俳句界の権威が失墜してしまったとも言えるかもしれません。なんだ、偉い人らしいけどたいしたことないじゃないか、能力ないじゃないか、そんな感じです。

…さて、つらつらと〝ありそうなこと〟を書いてきました。これらを掲げて「だからAIは問題です!」と締めくくることも出来ますが、これらをひっくり返して考えて行くことも出来ると思っています。

ここから「ほんとうにそうかしら」と考えてみます。

AIを使ったら著作権侵害だ、本人の作品ではない、と最初にいいました。著作権の問題は必ずあり、危機意識は必ず持つべきです。その上で、いくつかの句を作らせて選び取った選択は彼自身の能力によるものです。
また、AIが出てくる前から、俳句は類句との戦いです。どこかで見たような句、まねじゃないかという指摘は多くあったでしょう。

俳句を作る過程、あるいは俳句の要素を、①語を選ぶ(素材を選ぶ)②つなぎ合わせる③良い句を残す、と考えると、類句とは①②③のどこかの感覚が、既存の句や他の人と似てしまったのだと思います。逆に言えば、この①②③の過程のどこかに、自分というものが現れてくるのではないでしょうか。

次に〝たまたま賞が取れてラッキー〟なんて、これもよくあることです。俳句はビギナーズラックが可能と言われますが、これも短詩ゆえの性質の一つなのだと思います。

達成感や満足感が少ないだろう…これもAIでなくても起きますし、個人差もあります。逆に、なんで賞が取れないのだと、悔しさから俳句を沢山読んでくれるかもしれませんね。AI関与した出来事が、本人にどんな気持ちを与えるかなんて、本人にしか分からないものです。

「成功とは苦労して得るものだ」という考えは、時代的なものがあります。そしてAIを使った作業について回りがちな感想であるようにも思っています。技術革新で容易に結果が得られるようになったことは、これまでの歴史で沢山あります。しかしそれはそれまでの努力を否定するものでも、誰かの苦労を否定するものでもありません。「成功とは苦労せずとも得られるものだ」としたとき、受け取れるものの幅が増えるように思います。

さてあとは賞の問題ですが、これはしょうがありませんし、俳句界の権威も失墜はしません。まずは、AIでも名句が作れてしまうこと、人が作った句と見分けがつかないこと、これらは、俳句の短さゆえに当然起きることです。絵や長めの文章よりもAI生成物との境目はないと思っています。

AIでもランダムな語彙の表示でも、名句が出来る可能性は大いにあります。作る過程にかかわらず、それらを評価した選者の感覚や鑑賞が奥深いか、納得性があるかが力量をはかるポイントでしょう。逆に言えば評価の過程を推し量る機会が無ければ、現状でもブラックボックスになる可能性は大いにあります。これは俳句に限ったことではありません。

権威などと書きましたが「あの人が選んだから良いはずだ」「これまでこうだったからこうだ」という評価能力や評価軸のわからない価値付けを権威というのかもしれません。それが揺らぎやすい時代にはきっとなってきているのでしょう。

ここまで見てきたときに、AIを使うときに抜けてしまうのは、作者の内面の物語だと思いました。どんな気持ちを込め、物語を込め、情熱を持っているのか。それらは、AIというツールの使用にかかわらず、あらゆる分野の表現者が持つものなのだと思います。

それは選者側に立つ人もそれほど違いはないように感じます。選者に必要な力は、句に感銘を受け、共感し、鑑賞で得た物語を説明することです。それが、俳人たる能力の一つといえるでしょう。

その力はAIで生成した自句に対しても使うことが出来ます。AIの句を自分の句のように推敲し、情熱を注ぎ、物語をつくれば、そのときAIは俳句を脅かすものではなく、有用なツールになるのではないでしょうか。

しかしながら、その能力とは、作者自身が俳句の力を伸ばす以外に、身につける方法はないように思われます。

                    パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
                copyright(C) kogumaza All rights reserved