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 小熊座・月刊

俳句時評

2025.vol.41 no.480

どこでなにを書かせるか

樫本 由貴

一月の時評「文章博士たちへ」の執筆にあたり、2000年代後半から10年代の前半にかけての俳句シーンを見直したところ、この期間、一人の若手に長期間誌面を与える媒体が多かったことに気付いた。西原天気・上田信治らが運営する「週刊俳句」、神野紗希らの「スピカ」、森川雅美の「詩客」、中村安伸の「俳句空間―豈weekly」、筑紫磐井・北川美美の「BLOG俳句新空間」など、ウェブ媒体だけでも、それらに掲載された批評の厚みに驚かされるはずだ。例えば、外山一機は2013年から約二年間、スピカで「百叢一句」を連載し、BLOG俳句新空間では2011年から四年余り時評を担当していたし、冨田拓也も2011年から二年間スピカで「百句晶晶」と題して百句鑑賞を連載、豈weeklyでも連載を持っていた。紙媒体では、島田牙城が代表の同人誌『里』や、櫂未知子・佐藤郁良の『群青』に所属した若手は年単位で連載が持てたし、現代俳句協会青年部の機関紙『In Situ』は、手堅い企画を打っている。

このような空間が成立した背景には、2010、11年刊行の筑紫磐井、対馬康子、高山れおな編の『新撰21』『超新撰21』(邑書林)、そして12年刊行の週刊俳句編集部編の『俳コレ』(同)の存在がある。邑書林の島田牙城、そして筑紫磐井、高山れおなが、自らが見出した若手実作者の、いわばスパーリング相手を買って出て、その公開の場をも用意したとみることはできまいか。アンソロジーという形で見出した若手に責任を持つという気概が、今ならわかる。

若手に、調べて、書かせる。魅力的な批評にはリサーチが不可欠だが、加えて、決まった紙幅で自らが想定する読者に正しく主張を伝える想像力と文章力が必要だ。このような力はよほど優秀な生徒でも、高等学校までの教育で容易には身につかない。開成高校俳句部の卒業生を中心とした俳句甲子園OBOGが主たる同人の『群青』の創刊が2013年であるのも、代表二人が若手の練習場を誂えたように見える。現代俳句協会編『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(2019)に多数の若手執筆者が名を連ねることができたことを、このような流れの結実と位置付けることもあながち間違いではあるまい。

現在に目を移せば、詩客では斎藤秀雄や横井来季が継続して時評を執筆し、堀切克洋運営のウェブサイト「セクト・ポクリット」では多数の執筆者の文章が見られる。だが、後述するように中堅俳人の結社が次々に立ち上がっている現在にあっても、一人が数年単位で定期的に批評を掲載する媒体は減少傾向にあり、書き手も多くない。時評なら持ち回りかつ、単発のテーマで書くという状況だと見受ける。

この状況の理由も明確で、コロナウイルス感染症流行を経てSNSが発達し、個人が批評の場を持つことが増えた。そして、エディターを失った批評の場では、若手の原稿を校閲・校正するという手続き自体を公の場で行い、その手続き自体を議論するものも多いのではないか。これは良い批評の未来のためには非効率極まりなく、アーカイブもされない〝議論〟が俳句の未来に資するとは到底思えない。さらに言えば、議論の当事者には、批評はどうあるべきかというビジョンも持たない野次馬も含まれよう。発言者の一人一人を責任ある個人として取り扱っているのだという、建前はこの際置いておこう(川名大の批評と素養のない人々の批評とでは明確に格が違う)。教育的なまなざしや場が、減っているのである。

と、このように考えていたところに、安里琉太による俳句時評の第二回が東京新聞に掲載された。岩田奎『田中裕明の百句』(ふらんす堂)を、裕明の俳句を使った俳句の読み方の入門書と位置づけ、裕明の俳句への固執が看取できない点を指摘している。これがふらんす堂の目に留まり、社のブログで安里が用いた批評語「本当」の真意を問われている。安里が、裕明を偏愛する若手俳人に書いてほしかったという意味でこの批評語を使ったのは、読めばわかるが、安里の落ち度であろう。というより、短い紙幅で定義の曖昧な批評語を使うのは衆目を集めるときの技法である。その後、聴衆から言葉の真意を問われるまでが予定調和であると承知の上で使用するべきだ。ゆえに、その後、ふらんす堂のブログ上で返答したのはいただけなかった。

「本当」の意味を開陳することに始まる一連のポストはまさに議論の手続き自体の議論化である。ふらんす堂からすれば、自社の本の話題はどのような形であれ喜ばしい。安里は著者の岩田と同じく『群青』所属なのだから、岩田と往復書簡でもやって二人の裕明観や裕明の受容の仕方、裕明を語るとは何を語ることだと考えているのかを深めてほしい。

話を、議論の場所の話に戻そう。新聞や総合誌に批評を掲載できるというのは、それなりの実力がついているということであり、これらは批評の練習場ではない。つまり、紙の雑誌を隅から隅まで読み込むような熱心な読者の目にしか触れず、主宰や編集長が内容にまで口を出してくれる、括弧つきの安全圏の中で文章を書ける機会というのは、現状、しがみつかないと得られない。幸いにして、2000年代後半から10年代前半にかけて見出された作家たちのうち、堀田季何は『楽園』を、西村麒麟は『麒麟』を作り、さらに、まだどのような紙面が作られていくのかは不明だが、神野紗希・野口る理の俳句雑誌『noi』の創刊号が五月に刊行される。今、2000年代にデビューしたあの時の若手が、上の世代として何らかの責任を負おうとしている。

どこで何をどのように書くかという個人の問題と、どこで何を書かせ、それに伴う責任をだれが引き受けるのかという仕組みの問題との両輪がこれからの俳句批評の豊穣を左右する。さらに言えば、実作にしか興味のないものも批評は試みるとよい。「文章博士」になるにしろならないにしろ、彼らは文字通り「文章博士」であるために、文章もうまかった。

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