小 熊 座 2023/8   №459  特別作品
TOPへ戻る  INDEXへ戻る








     2023/8    №459   特別作品



      (うた)は語り部       龍   太 一


    滂沱たる光の乱舞雪解寺

    那須火山帯山麓の野焼かな

    添ひ寝して嬰と近縁種なり子猫

    頭蓋より落ちつつ瀧の音なせり

    産土や巨石の下の蝮の子

    代々の紙魚が這いたる古書の文字

    須磨の海も硯の海も月涼し

    箸は日々存ふ道具豆の飯

    花合歓も赤子も睫毛閉ぢ月夜

    星一座一座に神話蛇に笛

    短夜や空に月蝕世に事変

    火は空腹のいろ町裏の大夕焼

    寒蟬や雲もかの世へ急ぐなり

    秋風は町の語り部空地ふゆ

    東京に銀河の河口都鳥

    みちのくやいくつも露の夜泣石

    能面のやうな枯野の昼の月

    葬る火は見えず斎場霏々と雪

    戦争は木々も被災者枯れて立つ

    寒月や羽化を遂げたき岩ひとつ【特別作品】



      光 速      横 田 悦 子


    ざあざあの雨も大好きアマリリス

    花樗の高さ潮風恋ふ高さ

    筍飯八メートルの腸動く

    ひとり身の自由いつまで冷奴

    山法師はたまた山門不幸とは

    山門不幸ははばたき止まぬ鴨足草

    ゆりの木の花天上は今宴

    横断歩道の脇の花束遠き雷

    炎帝へ続く自転車ヘルメット

    銀漢や役目を終へし鍵の数

    起抜けの一杯の水土用入

    航空兵の兄弟の墓青葉闇

    紫陽花は魂の憑代風さやぐ

    冷し酒予科練のこと父黙せり

    死者の時間やがて光速天の川

    漣の綺羅を圧へて水すまし

    きよろきよろと羽抜鴉の歩むなり

    一夜酒つくり詩嚢を膨らます

    鬼房の詩魂永劫滴れり

    ぼうふりの朝呼ぶ力杖とせむ



      麦の穂波    岡 田 とみ子


    青き踏む足裏に言葉あるとして

    生き物は愛され続け芥子の花

    草木にもある夢梅雨を待つてをり

    砂時計またいちからの三月来

    今日のみの風を纏ひて青き踏む

    「可惜物」が父の口癖父の日よ

    麦の秋人は何度も立ち上がる

    日に三度洗ふ食器や敗戦日

    真先に見る死亡欄明易し

    たとえ羽根あつたとしても春愁

    クローバー記憶はとぎれとぎれなる

    形あるものは毀れて天の川

    渚とは人待つ胸や三月来

    秋高し詩はこんこんとは湧かず

    麦の穂や昔物乞ふ人が来て

    真実は若葉風のみ知ることに

    先ず薔薇に声掛け今日の始まりぬ

    生き方は麦の穂波に聴くも佳し

    亡き友に珠玉の句あり夕端居

    追い越せぬものに我が影大夕焼



      鍵 穴      関 根 か な


    時系列修復したる春の雷

    絶筆の行間埋める桜かな

    海の黙花もまた黙みちのおく

    春深むあの日のままの海図あり

    四次元の入口はつなつの樹洞

    はつなつの明るき刹那ありにけり

    桜桃忌名も無い星のありにけり

    阿弖流為の声の彼方の夏の星

    予定無き一週間も梅雨に入る

    夏の朝自然解凍するわたし

    蚕豆の莢に閉ぢ込めたい悪意

    シンガポールスリング夏の月浮かべ

    仲直りしますかゼリーできるころ

    魚の眼の完遂すればきつと月

    鍵穴を覗けば鳴いてゐる蚯蚓

    コンビーフの鍵探しに行く銀河

    小数点以下を蓑虫知り尽くす

    しぐるるや影を残さぬ人ひとり

    鉱物となる日を待てり冬の蠅

    風光る防災対策庁舎より





 
パソコン上表記出来ない文字は書き換えています
  copyright(C) kogumaza All rights reserved