小 熊 座 2019/11   №414  特別作品
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      2019/11    №414   特別作品



        羅漢岩         阿 部 菁 女


    のんちやんはあの日の私雲の峰

    八月が去る黒い襤褸布引きずって

    龍角散に噎せて厄日の始まりぬ

    飯結ぶ胸に花野を広げつつ

    ほろ酔ひの神楽師がゆく葛の花

    うすうすとわれを見上ぐる蝗の眼

    秋蝶や天に賜る一張羅

    羅漢岩まで虫の原踏んでゆく

    芒原分けて荒磯の羅漢まで

    どこまでが白波どこからが芒

    ヒメムカシヨモギ潮焼けの羅漢達

    帰燕いま羅漢岩にて集ひゐる

    咲き残る浜昼顔と帰燕かな

    虫時雨羅漢の耳にとどきしや

    潮鳴りのふっと途切れて秋の蝶

    父祖の地の空へと続く蕎麦の花

    石切場まで蕎麦の花寄せてゐる

    不味からず末生り南瓜へぼ南瓜

    雨の日は無花果を煮て豆を煮て

    老兵に長城の夜を鳥渡る



        時は流れる      野 田 青玲子


    秋の蚊を打てば芝居の幕が開く

    秋刀魚焼く煙の裏のむのたけじ

    凍滝の地獄のこゑの吹き晒し

    我が胸に雪嶺を乗せ旅に寝る

    B面に死が在る生や漱石忌

    山茶花の散る散る満ちる幸少し

    死の床の電気毛布が今切らる

    風に乗る凧の漂流我に似て

    雪解風吹くや阿弥陀の絵蠟燭

    涅槃雪無人の村を刷く如く

    歯科女医に舌の根見せる西東忌

    春スキーに行く月山の雪背骨

    流氷の町にケーキの彩売らる

    アリランの北の郷愁海霧の沖

    時計草地震(なゐ)忘るなと雲青し

    廃屋に桐咲く午後の忘れ井戸

    花合歓や巳歳の我の蛇嫌ひ

    梅雨鏡我が死顔にはつと遇ふ

    ドンファンに成る由も無し水中花

    王手飛車取れば俄かに百合薫る



        晩夏光 
―松山・内子―    平 山 北 舟


    少年の拳が上がる伊予の夏

    自句自解よどみなき子の首の汗

    能弁にまじる訥弁涼しきや

    齟齬きたす子の額の汗晩夏光

    夏井いつきの汗究極のお接待

    伊予弁の伊丹十三涼しけれ

    松山は言葉の器蜻蛉生る

    鯛めしを食めば涼しき目となりぬ

    路面電車雨後の香水匂ひ立つ

    内子町の連なる梲夕立晴

    町筋をつんのめりつつ夕立来る

    蠟屋敷影を映さぬ夏の蝶

    内子座の役者幟にとまる蟬

    内子座に秋風立てり大幟

    すつぽんてふ内子座のせり夏深し

    木戸口に傘貸しますと蟬時雨

    大夕立呼ぶ鳴神の絵看板

    蠟を塗り塗り重さねては額の汗

    大江健三郎の故郷の家並夕かなかな

    落日を目玉に留め赤蜻蛉



        秋の空        宮 崎   哲


    新米や祖父の火加減土間灯

    鰯雲労なす人は腰低し

    地下鉄の底に古代の秋の水

    星飛んで靴底の石動きおり

    ショベルカーに目・口・腕あり秋の声

    下校時の駆けて騒いで刈田道

    無花果の熟れて少年翼持つ

    線路工のレール点検十三夜

    長き夜の九条語る高齢者

    秋深むメール返信の葉書出す

    禿頭と白髪の集い秋の声

    十月の風も写るやレントゲン

    秋の波一枚ずつが死者の背

    秋深む地下鉄の窓に誰の貌

    この国の骨格見えず秋の空

    秋黴雨何度も試すパスワード

    青春に色あり老年に秋の風

    渾身の少女のピアノ秋深む

    雨垂れの心拍のごとそぞろ寒

    ハンドルの峠の背に秋夕焼





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