小 熊 座 2019/10   №413  特別作品
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      2019/10    №413   特別作品



        雪 白         我 妻 民 雄


    石鹸の丸味おびたり残る鴨

    水打つて花舗カタカナをあふれしむ

    えすかれえたあの右側いと涼し

    列らつら椿いとも積んつん椿にて

    行き行きて青蔦隣りのまた隣り

    さみどりを脱げば雪白山ぼうし

    青梅の水も光も弾きをり

    玉たるを玉葱忘れ芽を出せる

    何処で見た写真か恋ごころ晩夏

    思ひびと終活をいふ如何しやう

    人よりも人臭き神金魚玉

    千切雲千の下腹部朝焼す

    百日紅しろはあかより散りやすく

    貝殻骨幾度回すや冷房車

    空家ふえて秋声いいやモダン・ジャズ

    フロム・ニューヨーク夏ナベサダの『花は咲く』

    滝を見てゐたり眼球青むまで

    花鯛の切片紅し冷酒

    男とぼとぼ炎天に傘がない

    わが影を蜥蜴うごかぬ暑さかな



        水かげらふ      田 中 麻 衣


    霊山の水無尽蔵鴨足草

    水占の流れに跳ねてあめんぼう

    夏落葉古びしものに石の貌

    瑠璃揚羽水かげらふの中に消ゆ

    道行には小さすぎたる白日傘

    一杯の野菜ジュースや朝曇

    仮の世の仮に金魚と呼ばれたる

    真夜中の中心にある百合の花

    無国籍料理といはれ夏盛ん

    炎天や瞼の裏をまた烏

    考へる額の汗を拭ひをり

    緑陰に天使の羽根の重さうな

    傘借りて蛍袋の庭に出る

    蜘蛛の囲に大きな雫からみをり

    山畑の墓鬼百合の咲くところ

    総代の提灯が来て祭笛

    お朔日参り蜻蛉の来てをりぬ

    かばかりの山に名のあり猫じやらし

    溶岩に波状紋あり秋の風

    霧の夜の鷗は何処に眠るのか



        ピアノの蓋      斎 藤 真里子



    プラタナス涼し夜明けの街の燈も

    大学へ出入り自在の黒揚羽

    書き込みの多き楽譜やソーダ水

    炎天へピアノの蓋が開いてゐる

    糸通す針穴もまた炎暑かな

    夏痩せて大きく揺るるイヤリング

    はぎれ屋の木綿の縞や晩夏光

    星涼しマリオネットの深眠り

    海に出て蝶は晩夏を輝かす

    読みさしのままのチェホフ秋の風

    太陽は雲の中なり白桔梗

    玻璃に触れ離れては触れ秋の蜂

    荒壁の夕日にひびき秋の蟬

    月明の貝殻にあり秋の声

    貝殻の内は虹色夏深し

    秋近し白磁の皿にパンの影

    大空に帰燕の風の道があり

    花籠の花乱れなし秋夕焼

    流れ星草の匂ひの中にゐる

    朝涼やマーマレードの固き皮



        向日葵としゃれこうべ    水 月 り の


    サファイアの瞳を濡らす春の雪

    リトルスワローリトルスワローもう帰らない

    白いたんぽぽ揺れて義足の御父様

    預かりしままの片腕朧月

    桃色の虹の立ちたり未完の書

    蟬時雨この世を捨ててもよいと言う

    かき氷と星を噛む音ブラザー軒

    星涼し大砲の上にしゃれこうべ

    美しく生きよ向日葵しゃれこうべ

    青林檎どこかで星の割れる音


    シシリー島の民謡に、「しゃれこうべと大砲」という唄がある。

    ― 大砲の上にしゃれこうべが

      うつろな目を開いていた

      しゃれこうべがららら言うことにゃ

      鐘の音も聞かずに死んだ―

      物哀しいメロディーなのに、どこかユーモラスで清々しく、胸に響く。雨にうたれ、風にさらされ

     て、空の果てをにらんでいるしゃれこうべの姿が、愛しく、せつない。

      2 0 0 3 年の秋、日本人と結婚してジェノバから仙台に移住していたイタリア人女性が急逝

     した。彼女は、カトリックのクリスチャンで、生前、火葬というものをひどくおそれていた。お棺に

     火を点けられる瞬間、心の中で、やめて下さいと叫んだが、どうする事も出来なかった。

      彼女のお骨は、御父様と一緒にジェノバへ帰ったらしい。今頃、ジェノバの海の波の音に包ま

     れているのだろうか。                                         (りの)




        瞽女唄        丸 山 みづほ


    置賜の山また山や夏の月

    闇に浮く瞽女宿の灯や夏蛙

    太棹にのせる瞽女唄蛍の夜

    太梁に吸はるる唄や火取虫

    夏座敷小林ハルも来てをりぬ

    瞽女唄は巡礼おつる濃紫陽花

    上布と絽のかけ合ひ楽しごぜの唄

    瞽女宿の唄声止みぬ蟾蜍

    蛍飛ぶあそこにそこに足もとに

    「ほーたるこい」呼べば寄り来るわが手にも


     年一回瞽女唄を聴きに行くようになって十年になる。場所は山形県川西町のかつて瞽女宿とし

    て使われていた古民家「土礼味庵」。

     きっかけは友人と鳴子温泉に宿泊した折、「越後瞽女唄鑑賞会」を主催する片倉尚氏に話しか

    けられたことだ。最後の瞽女と言われた小林ハルさんに指導を受けた萱森直子さんの公演とい

    う。小林ハルさんは私の郷里新潟県三条市の出身であり、以前から瞽女さんに興味を持ってい

    た。最初は夫と、次は友人とそしてその後は友人たちと十人程で聴きに行く年中行事となった。

     萱森さんの細身の外見からは想像できない野太い声が太棹にのせて語られる。瞽女唄は唄と

    いうより語り物。最初に聴いた〈葛の葉子別れ〉に涙する程感動し、引き込まれたのである。今年

    は〈巡礼おつる〉だった。

     公演後外に出ると蛍の乱舞にまた感動する。蛍も瞽女唄を聴いていたかのように寄ってくる。

    蛍も含めての鑑賞会なのである。

     小林ハルさんの半生を描く映画「瞽女G O ZE」が土礼味庵でもロケが行なわれ、来年公開

    される。                                               (みづほ)





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