小 熊 座 2019/7   №410 小熊座の好句
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    2019/7   №410 小熊座の好句  高野ムツオ



    整然と植えられて苗寂しかり        水戸 勇喜

  イネ科の植物は数多いが、栽培イネは二種類。アジア栽培イネとアフリカ栽培イネ

 とがある。前者は周知の通り、耐冷性の高いジャポニカ種と耐冷性の低いインディカ

 種に分かれる。また両者の交配により多種に広がっている。栽培イネの祖先種はオ

 リザ・ルフィポゴンと言う。栽培の起源は中国長江流域とする説が有力だが、東南ア

 ジアとする説もある。日本への伝播も中国長江からとの説と南方から、いわゆる「海

 上の道」を通ってきたとの説がある。日本での栽培の始まりは、稲の細胞研究を元に

 すれば約六千年前にも遡ることが可能であるらしい。

  弥生期には水田耕作が始まり、奈良時代あたりから直播栽培から移植栽培へ、つ

 まり田植えが普及し始めた。品種改良も何度も繰り返された。一度、ベトナムを訪れ

 たことがあるが、直播が一般的と聞いて驚いた。実際、草原のような田面であった。

 しかし、なんのことはない、稲はもともと南方系の植物だから、私が知識不足だった

 だけで、ごく自然な栽培方法だった。その稲を日本人は凶作と飢饉とを繰り返しなが

 ら、さまざまに改良につぐ改良に力を尽くしてきたのである。しかし、いつからか、おそ

 らくは日本が飢えという言葉を忘れ始めた昭和三、四十年代からだと思うが、しだい

 に稲は「笹になる黄金」の輝きを失い出した。米は過剰生産という烙印を押され、市

 価の下落、減反、耕作者の高齢化、そして、後継者の不在と難病を抱え、稲作消滅

 への道をたどり始めた。地球規模では、人口増加や温暖化などによる食糧不足が危

 惧されるというのに。

  稲が穂を垂れるのは、もともとの稲の性質ではないと宇多喜代子さんから教わった

 ことがある。イネ科の植物は、本来、種子を遠くへ運ぶため穂を低く垂らしたりしない

 そうだ。確かに同じイネ科のススキやヨシは軽やかに穂を揺らす。稲は人間の手で、

 人間のために命を尽くすように改変され、人間を養ってきた植物なのだ。その果てに

 少なくとも日本という島国では、人間から見捨てられ、忘れられようとしている。この

 句はそうした現代のイネの寂しさを詠ったものにちがいない。

    天体や新馬鈴薯に鍬の傷        増田 陽一

  同様の発想に〈万有引力あり馬鈴薯にくぼみあり  奥坂まや〉という、まるで、いま

 報道を賑わせている「リュウグウ」よろしく宇宙に浮かんだ馬鈴薯がイメージできる大

 胆な句があった。こちらもなかなか鮮烈かつユニーク。鍬の傷が新馬鈴薯の匂いをリ

 アルに伝える。

    天球の中へ紋白蝶放す        及川真梨子

  辞典に従えば、「天体」は宇宙に存在する物体、つまり、恒星、惑星、星団などすべ

 てを指し、「天球」は観測者を中心として投影される仮想の球面であるという。作者が

 宇宙の造物主となり、その造物の一つとして紋白蝶を放ったのである。紋白蝶の行

 き先は無論、宇宙の果て。

    家霊ぐるみ海市となりて今日あたり      佐藤  茉

    花映る水は浪江も東京も            後藤よしみ

    アフリカのような青空プルトニウム       岡村 行人

    換気扇だらけの街の熱帯夜          菅原はなめ






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