小 熊 座 2018/11   №402  特別作品
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      2018/11    №402   特別作品



        寒風沢晩夏         土 見 敬志郎


    夕昏れの船窓叩く鬼やんま

    方角石水平線を呼ぶ晩夏

    空蟬に海鳴りこもる深き昼

    白シャツは父の遺言潮鳴りす

    そのかみの砲台跡や草いきれ

    落し文落首のごとく置かれゐる

    原子炉に晩夏の波のうねり増す

    黒揚羽風雲急を告げるごと

    炎昼の底に母の忌横たはる

    赤子泣く声脳天に日の盛り

    浦海に波のこだまや晩夏光

    針刺しに針のひかりや終戦日

    砂山に靴のめり込む終戦日

    晩夏光眠りのごとく寒風沢は

    忘れ潮晩夏の影の溜りゐる

    木の瘤と見まがふ蟬の鳴き出せり

    舟溜り晩夏の波のこだまなす

    航跡の渦が渦呼ぶ原爆忌

    潮臭き松の屹立原爆忌

    赤ポスト残暑見舞を待つごとし



        俳句甲子園         平 山 北 舟


    俳句甲子園言葉残暑に勝りけり

    俳句甲子園この涼しさは何処より

    俳句甲子園友の涙の涼しさよ

    引率の教師の頬の汗と髯

    黙禱一分大街道はただ秋風

    峰雲や十七音に揺るる街

    判定の下る一瞬汗にほふ

    白シャツの十七音に街とよむ

    抑へしか支へたりしか汗の腕

    俳句甲子園終りし街や鰯雲

    義経堂句碑なぞる目の涼しけれ

    夕かなかな船頭の唄止みてより

    渓谷の崩るるごとく蟬時雨

    無量光院ただ夏草ただ夏草

    青蛙背なはまるごと山の色

    赤蜻蛉吾は仲間か肩に来る

    この星は磁場動く星山椒魚

    西瓜畑に夕日とけゆく出羽の国

    長八の鏝絵の襞や秋日濃し

    踏みしめる土の乾きや山の秋



        無 口            宮 崎   哲


    新豆腐桶の底より掬われ来

    秋の虹原子炉の町跨ぎおり

    秋高し沖より戻る漁夫の皺

    縄文の土に濾されて水澄めり

    新酒酌む寡黙な父の半田鏝

    星月夜宿直室に仮眠して

    地下鉄の一駅ごとの野分かな

    鳶職の声が空飛ぶ秋の晴

    売る梨の一山づつの形かな

    秋風に誘導されて貨車動く

    鉄橋の影よりも濃し曼珠沙華

    山間の軽トラックに秋夕焼

    新蕎麦の口に残りし峠かな

    マンションの隙間を洩れる虫の音

    十六夜の堅パンとても噛み切れず

    流星はわが胸底の塊であり

    新宿の西口広場なり無月

    三日月やタイプライター死語となる

    長き夜のドーナツの穴に妻の顔

    宵闇の雑誌束ねるガムテープ



        夏シャツ          中 鉢 陽 子


    夏シャツの胸に抱かるる赤ん坊

    バナナ熟る子の住む街の土に立つ

    貝ボタン触るる佳き日の花氷

    北上川の流れに垂るる夏柳

    風も売る風鈴売りのひと休み

    てのひらの薄もも色の茗荷の子

    もてなしは母の声するずんだ餠

    みんみんは静か正午は黙禱す

    水鉄砲父は何回死んだふり

    家計簿をつける西日の卓の隅

    潔癖な昼の星なり韮の花

    ポケットに昼のぬくもり椿の実

    白木槿痩せし膝抱く縁側に

    台風を待つ白昼の空の青

    芋の葉の夜気を転がし露太る

    ふるさとの盆唄波の合間から

    とうきびをかじるハモニカ吹くように

    裏山の茗荷の花の花あかり

    子の出番身を乗り出して村芝居

    秋うらら眼鏡を拭いて汽車の旅



        豊の秋           蘇 武 啓 子


    祈ること覚えし吾子や小望月

    銀漢や吾子のベッドに『昆虫記』

    薬箱の中のケロリン鵙日和

    桃の香ののこる指先赤子抱く

    切株のごと晩秋の息を吐く

    一箱におまけはひとつ豊の秋

    秋澄めり少年剣士の赤襷

    鵙日和めんこに國定忠治の絵

    秋の日の屋根に猫いる三丁目

    縁の下へ放る乳歯や鳥渡る

    印結ぶ弥陀の足元ちちろ虫

    田の神は帰り仕度か鶲啼く

    月白やカーテンの下猫通る

    駅裏の自転車置き場冬深し

    小春日の足踏みミシンより寝息

    百姓の足裏真っ白遠郭公

    襷がけの祖母の声して宵祭

    幼年の羽化の始まる夏休み

    紙芝居の水飴とける大夕焼

    山門の竜が牙剥く酷暑かな



        木曽の初夏         丸 山 みづほ


    拝礼す青葉若葉の諏訪大社

    御柱の垂の搖るるや青葉風

    夏木立のあはひに三之御柱

    くわくこうや諏訪は吉良公配流の地

    早世の吉良義周公落し文

    朴の花和宮様もこの道を

    十薬や所所に水場の奈良井宿

    夕薄暑(うだつ)に残る火事の跡

    薫風や見分けのつかぬ木曽五木

    蜘蛛の囲や木曽に木年貢てふ制度

    朝涼や木陰の句碑は山頭火

    山ぼふし義仲眠る興禅寺

    花槐木曽路くねくね川に添ひ

    薄けむり上がる夏炉や脇本陣

    ゆうさんの嫁ぎし奥谷苔の花

                         ゆうさん=藤村の初恋の相手


    枡形を枡形に折れ山清水

    妻籠の小流れに添ひ虎耳草

    柿の花散りぬ藤村記念館

    藤村の墓へは坂を釣鐘草

    いづこにも水音のして木曽の初夏