小 熊 座 2017/10   №389  特別作品
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      2017/10    №389   特別作品



        カタツムリ         越 髙 飛驒男


    女子美大来て雲雀野を塗り潰す

    葱坊主戦争忌避の首伸ばし

    道々の水を漁りぬ揚羽蝶

    水中花目隠しにくる誰かの手

    進化するつもり私のカタツムリ

    梅雨上がる一礼なして路地の人

    われ死ねばこの紫陽花の藍がいい

    死ぬ句多く頭にとめて暑に耐える

    二三粒錠剤こぼす夏の山

    脳梗塞のテレビを忘れ花火見て

    とうすみに清水径子の忌の近し

    余生いま初蟬を待つ心持

    地に沈むまではのうぜん自由なり

    相寄りて再び蜥蜴石を攀づ

    初蟬の天の真中の声となる

    のうぜん地を摺り縮んだ母はいない

    抱き枕俳句で佳作賞の子へ

    昼顔や缶蹴ってゆく下校の子

    向日葵を抱く海のいろ海の音

    稲村ガ崎蟬声の浪また浪



        頭蓋骨(ゴルゴタ)の          我 妻 民 雄


                 日没らんとして仄黒き浮雲の
            
  婚姻色のごとき下腹  序詞

    かたまりて色濃のそらや赤とんぼ

    幾千の眩暈である曼珠沙華

    平原のうねりや紫苑しきつめて

    大花野冒頓単于くるころか

    けらつつき華胥の国にも届きけり

    王冠のやうなピザ焼く初嵐

    壺庭は谷底であり小鳥来る

    這ひあがり棚よりさがる南瓜かな

    カンナかの烈日とまた交響す

    秋の蚊の赤く脹るる叩かるる

    考へてをるよ机上の花梨の実

    槿花一朝おさなき姿して窄む

    名を問へばルージュ色なる断腸花

    頭蓋骨(ゴルゴタ)の丘は夕日に鵙の贄

    母の洗礼名忘じ墓洗ふ

    万葉の女人豊頬しじふから

    癒しとは万年雪に秋の雪

    腸のかたちに烏瓜の花



        晩夏光           佐 藤 み ね


    禽獣の匂い強まる青時雨

    心音を濡らしてゆきぬ緑の夜

    更衣部屋は森森匂いだす

    梅雨晴間木々は急いで呼吸する

    晴間より老鶯の声雲わけり

    白雨やみ一声高き鴉かな

    父の声は谺の一つ芒種なり

    ラムネ抜く昭和の音を呼んでいる

    水中は一つの宇宙金魚飼う

    水中花に吐息の重さある日なり

    夏雲や魚は空へと鰭のばす

    目なき魚の声なき声に夏の月

    牛蛙に光陰の声空静か

    花南天獣めきたる夕日影

    少年の帽子は斜め青なつめ

    父と子の卓は黙なり豆御飯

    向日葵や蝦夷の裔は牛飼に

    大西日揺るる現世の鯨幕

    朝からの影の重たき揚羽蝶

    秋風や翅のすり合う土間の闇



        広瀬川           宮 崎   哲


    水の秋広瀬川より分かち合う

    滴りの断層もあり広瀬川

    政宗の城下滴り広瀬川

    広瀬川郡山遺跡滴る

    政宗の四ッ谷用水片かげり

    日盛りの川床暗き広瀬川

    炎天の過る恋唄広瀬川

    夏霞頼朝塞ぐ広瀬川

    釣り人の足元清水広瀬川

    作並街道追い越し初秋広瀬川

    水面揺る郡山堰盆の風

    秋霖や津波遡上の広瀬川

    大花火騒めき逝きし広瀬川

    広瀬川空に貼り付き天の川

    八月の水面の鬱や広瀬川

    千代大橋昭和の塊秋の声

    虫時雨愛宕堰より零れ落つ

    秋の雨脚うつくしき広瀬橋

    広瀬川四十五キロ秋の虹

    鰯雲何も告げずに広瀬川



        袋綴じ           渡 辺 誠一郎


    打水や母亡き家の古柄杓

    なめくじり歩みに刻を引きずりぬ

    蛇の衣風吹く前に濡れていし

    残照の翳りを愛す大向日葵

    脱ぎ捨てし水着の如く帰宅せり

    東京に原子炉のある祭りかな

    涼しさやうまく開けぬ袋綴じ

    戦後から戦前近し蓮の実飛ぶ

    原子炉の内なる闇の波しぶき

    落城を逃れて来たる蚊喰鳥

    散華から里芋までの空気かな

    戦争の淵に生まれし水水母

    百態にて攻めるがごとく鰻食う

    香水の深息を持て鶏絞める

    はっきりは見えぬものへと捕虫網

    箱庭や天変地異を蔵したる

    蛍闇その闇奥に魑魅の闇

    螻蛄鳴くばわが胸坂の真中にて

    坂道もやがて平らに昼の月

    神棚より仏壇低し夜の秋




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