小 熊 座 2016/11   №378 小熊座の好句
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     2016/11  №378 小熊座の好句  高野ムツオ



    村流す洪水人参赤々と               越髙飛驒男

  今年八月、台風10号の襲来で北朝鮮では中国ロシア国境付近を流れる豆満江の

 堤防が決壊し、大きな被害が発生した。少なくとも百数十人が死亡、十万人以上が

 住居を失った。今もたくさんの人々が苦難にあえいでいる。さらに冬到来を前にして

 二次、三次の被害や飢えが深刻に心配されている。しかし、支援するにも、さまざま

 な障害があり、心を痛めている人は数限りない。日本でも同じ台風で岩手県岩泉町

 のグループホームの悲惨な出来事があった。その記憶も未だ生々しい。

  この句は、そうした洪水の前に無力でしかない村と目前の人参とを対比し提示した

 だけである。しかし、その朴訥とした表現と人参の赤の強調とが、自然の中で営為を

 積み重ねては、その自然によって破壊されるという繰り返しにこそ、人間の歴史や生

 死そのものがあるという真実を暗黙のうちに伝えてくる。自然を恐れよ、しかし、自然

 から命を授かれ。その思いが人参の色に象徴されているのだ。

    夕焼けにまみれし草履脛巾神           土見敬志郎

  十月十六日、「壺の碑俳句大会」当日、夏井いつき氏、角川「俳句」白井編集長と

 ひさしぶりに荒脛巾神社を訪れた。脛巾神については前にも触れたが、谷川健一の

 説に拠ると阿倍臣比羅夫の遠征以前に東北の先住民族が信仰していた神であると

 いう。もともと名前のない神であったか、元の名が消えてしまったのかは不明だが、

 天孫族の神にとって替わられ、客人神に貶められてしまった地主神の現在に残る姿

 である。外敵つまり元の住民蝦夷を撃退する役目を負わされ多賀城址の外れに祀ら

 れてある。守衛兵と同じ織り目の粗い脛巾を着けさせられるので、この名が付いたの

 である。塞神や道祖神などと同様の性格、役割をも担い、疫病退散、旅や足の守り

 神、そして縁結びの神となった。小さな境内に木造の男根とともに多くの草鞋や草履

 が祀られているのは、そのためだ。ぶら下がった草履の夕焼まみれになった姿は、

 私には流竄の神の悲しみの姿に見えてくる。

    ガントリークレーン灼けコンテナを鷲摑む     八島岳洋

  ガントリークレーンとは橋脚の形をした大型のクレーンで港湾の岸壁などに設置さ

 れている。まさにこの句のように大きなコンテナを抓み貨物船との積み卸しを行う。真

 夏のダイナミックな映像が十七音をはみ出すリズムに力強く表現されている。

    記憶とは全て亡骸雁渡し               千倉 由穂

  記憶をいつまでも心に止めて置きたいという思いは、過去とともに生きてありたいと

 いう人間の本質的な願望でもある。そのことを承知しながらも作者は、あえて、それ

 は亡骸に過ぎないと断定した。記憶を消したいゆえではない。記憶とともに生きること

 は未来に繋がるものでなければならないと思うからだ。その冷徹な認識の向こうから

 未来は雁渡しとともにやってくる。





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