小 熊 座 2016/8   №375  特別作品
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      2016/8    №375   特別作品



        鳥  語          𠮷 野 秀 彦


    降誕会夜陰へ消えるバイクの背

    渡船まで菜の花匂う浦戸かな

    ゆるやかに消える記憶や春の水

    菜の花や荒ぶる大地に萬と咲け

    祈りとは立ちつくすこと花の雨

    営巣の鳩切り込むように寺領飛ぶ

    抱卵の鳩の目朱し雨戸引く

    陽だまりを覆い尽くして蝌蚪の紐

    言祝ぎは鳥語ですべし雛孵る
 

    蜘蛛の囲のまだまだ続く地震の島

    肘伸ばす武者人形か匣の闇

    御仏の眷属なるや百足の子

    万緑や風の形になることも

    怪僧になれと道夫や夏帽子

    影帽子置いて五月のかくれんぼ

    黒揚羽眠る葉裏の白さかな

    真っ白な工程表あり立夏なり

    頸椎の程よきずれやアマリリス

    忘却の彼方に届く今年竹

    句点は丸読点は点目高の子



        五年目の浜通り      春 日 石 疼


    ほととぎすこの世は除染員ばかり

    無縁墓のごとき除染土青あらし

    南無「遮」の字南無フレコンバッグ新樹光

    穢されし夏野そこにも地縛の子

    草茂る被曝忘れて被曝牛

    角をもつ頭蓋骨増ゆ油照

    「希望」の名冠す仔牛の生るる夏

    青葉若葉役場に鼠駆除冊子

    菓子パンとアイスクリーム昼餉とす

    蠅叩打つ音絶えし五年かな

    あの光るのが原発ぞ行々子

    喫水線消えぬ露台や請戸小

    調理台に糞る自由あり夏燕

    海風にピアノ鳴るべし夏至の夜

    楽聖ら西日に褪せてイコンたり

    理科室のガラスなき窓大南風

    泥溜めて和式便器はこの夏も

    傾けば白爪草に塀の影

    丹田にいつも原発夏の海

    陽炎を追ひバリケードの向かうまで



        浄土ヶ浜          千 葉 百 代


    境界の峠出づれば大南風

    清流の渓の深さや朴の花

    山峡の風の清らや遠郭公

    微動だにせず海へ向く夏帽子

    望郷の海鳴りの中慈悲心鳥

    青葉風浄土ヶ浜の石哭くか

    浸水のありし船宿明易し

    聴力の戻つてきたり緑雨の夜

    復興の太鼓乱れず夏怒涛

    修復の家並や茄子の花咲けり

    花茨ここも津波の到達点

    乱鶯や浄土ヶ浜を聖域に

    漁を伝へる長の汗のシャツ

    ポケットの小石の弾み夏つばめ

    夢の女の日傘遠くになりにけり

    殉教の洞穴隠し山法師

    新茶汲み今宵一人のシューベルト

    生も死も紙一重なり蔦若葉

    桐の花海の光りを真つ向うに

    慟哭を繰り返す海慈悲心鳥



        さよなら           遠 藤 志 野


    側室の墓あり木の根明きにけり

    走り根に鴉待ちゐる遍路道

    声明の竹林を越ゆ春の月

    若き日の我佇つ箱庭の山河

    叶はざる絵馬も卯の花腐しかな

    小さき星零れ金魚の増えゆけり

    薫風のありて墨の香付きゆきぬ

    茶立虫右隻左隻を立て並べ

    夏雲の湧き立ち風雨なき魚ら

    蟷螂や吾の中の父育ちゆく

    山ひとつ持ちたることを生身魂

    当て所なき触角秋の乾きゆく

    ぽつぺんに深き息秘め明日知らず

    筆塚の穂先を滑りゆける雪

    大洋を幾度往来せしか鴨

    一本の雪吊遊ぶ園の口

    湯婆抱く熟れたるものの落ちゆけば

    間に合ひの言葉マスクの奥処より

    ポケットに蒼き闇あり雁木行く

    手話の手の手袋はづしさよならす






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