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 小熊座・月刊 
  


   鬼房の秀作を読む (67)      2016.vol.32 no.371



         きさらぎの満月であるホームレス       鬼房

                                   『愛痛きまで』(平成十三年刊)


  如月(きさらぎ)とは、陰暦の2月のこと。まだまだ寒さの残る季節で沖縄に住んでいる私

 でも服を何枚も着込んで寒さを凌いでいる。とは言え草木が生え始める季節でもある。沖

 縄では温暖な土地柄もあり、蒲公英や鶏頭が咲いていたりする。つまり沖縄の季節や風土

 でこの俳句をどう詠むかを考える時にやはり佐藤鬼房氏の心のなかにある山河を想い浮

 かべるべきところだが,私は私の季節や風土からこの俳句を鑑賞してみたい。そこから新

 たな俳句鑑賞の多様性を模索してみたい。

  この上五の「きさらぎ」の柔らかな切り口が、とても心地よくて沖縄の絶え間なく包み込む

 ように吹く春風が琉球弧を春爛漫の花盛に誘ってくれる。そんな如月の満月が、島を赤子

 のように抱いて子守唄を歌いながらゆりかごのように揺れている。万物の胎動を意識させ

 る。そこで現代の「ホームレス」が、クローズアップされた象徴的な世界を立ち上げる。山河

 のある村ではなくビルの谷間にきらきらと月光が構造物を怪しく生物のように蠢めかせ浮

 かび上がる。その都会の森の住人のホームレスが、生き物の芽吹きや蝙蝠の交る呻き声

 とは、裏腹にひっそりと構造物の生き物たちを掻き分けるように如月の春を捕えては食い

 繋いで命を輝かせている。ホームレスは、きさらぎの月を奏でるようにおおらかに生きてい

 る。

  もう一つ私の提案は、英語訳を付けてみることでさらなる佐藤鬼房俳句の世界の鑑賞を

 試しに試みた。

  The homeless life buds and is beating in the seasonal full moon to which a visit in spring

  is invited.

                                   (豊里 友行「月と太陽」)



  ホームレスの男は橋の下に段ボールで寝床を作り、ボロの厚着の上に毛布で体を包み

 込んで踞るように寝込むのである。如月の満月が冷えたコンクリートの橋脚を鋭く照らして

 いた。時折通る車のヘッドライトと交錯した月影が屈折して橋の下を一瞬横切るが、男は

 微動だせず眠ったままである。

  鬼房はホームレスの何を見たのだろうか?いや終戦から戦後の混乱期はホームレスの

 ような生活をした人が大勢いたに違いない。空襲で家や家族を失った人の話を聞いたこ


 とがあるが、ほんの一端でしかない。

  何もかもを失った東日本大震災の被災者もホームレスと言える。あの日出張先の秋田も

 寒い夜であった。月が出ていたかどうかは分らないが、身内の安否や家のことなど、一晩

 中情報のみを模索していた。

  自分が帰れる場所をホームとすればホームレスは単なる寝床でなく、自分自身が安らげ

 る場所が無い人も同様である。震災から五年、家は仮でも日常生活に仮はない。家族や

 家を失った被災者たちは誰を恨むでもなく、ただ生きて行くための覚悟だけを強く持って前

 に進んでいる。

  如月の満月の光は鋭い。ホームレスの男は空を見上げることなく、深い眠りの中で覚悟

 という小さな光を見ているのだろうか。

                                              (宮崎  哲)




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