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 小熊座・月刊 
  


   2015 VOL.31  NO.365   俳句時評



      戦後七十年―短詩型総合雑誌から


                              渡 辺 誠一郎


  安保法制が、国会で上程され、可決されれば、戦後の日本の安全保障の方向は大きく

 転換することになる。

  今回の動きの中で、金子兜太の極太の筆跡による、「アベ政治を許さない」のチラシを目

 に触れる機会がたびたびあった。元海軍主計中尉とでもあると、一層印象が強まるのでは

 とも頭を過った。いずれにせよ、兜太一個人を越えた確かな言葉として存在感を放ってい

 た。

  〈老人は青年の敵 強き敵〉 と、兜太を詠んだのは、筑紫磐井だが、卒寿をとうに過ぎ、

 なお意気盛んな兜太には向かうところ敵なしの感がある。むしろ若者を押しのけて―押し

 のけるまでもなく、兜太の存在が時代のなかで、ますます屹立している姿が鮮明になってい

 る。その存在は、現在の超高齢社会を象徴しているものとも言えなくもない。

  戦後七十年にして、改めて戦争体験者、戦中派の言葉の重みを目の当たりにした。再び

 反戦の思いに筆を執った金子の心情を思う時、複雑な気持ちに駆られる。

  この戦後七十年に当たる今年にあわせて、様々なメディアが、戦争・戦中・戦後をテーマ

 にして特集を組んでいる。

  短詩の世界においても、多くの総合雑誌の8月号誌上で様々な角度で取上げている。ざ

 っとした感想を述べる。

  「現代詩手帖」では、特集として、「戦後70年、痛みのアーカイヴ いまを生きるために」と

 して、「1945年詩集」に始まり、対談、作品、エッセイなどを組んでいる。

  なかでも目に留まったのは、「外地という記憶」と「痛みのアーカイブ」である。中国(満州・

 台湾)、朝鮮、シベリアなどの「外地」から引き揚げてきた人々の記憶が、どのように詩に沈

 潜したのかを、桶谷秀昭、野村喜和夫らが書いている。「外地」という視点―植民地体験―

 戦後生まれの我々には新鮮な視点に思えた。この言葉は今や「死語」であろう。我々の目

 の前に差し出されると、戦後生まれの立場からは、言葉の距離感がつかめなく困惑する。

 それほど遠い言葉になってしまっている現実に驚かざるを得ない。その意味では教えられ

 るところが多かった。

  「歌壇」は、特集を「戦後七十年被爆と被曝を考える」として、原爆投下と先の福島の原発

 事故を等価として扱うユニークなテーマ設定をしている。

  総論に筆を執る吉川宏志は、「原爆や、原発事故という、容赦なくふりかかってくる暴力。

 その前では、一人一人の人間は、圧倒的に無力である。(しかし掲載された歌人たちは)そ

 のギリギリの地点から、鋭く静かに見返すまなざしを持って居る」と結ぶ。しかし一方、歌人

 といえば岡井隆だが、彼は、「原子力という人類がやっと手に入れた最高の宝を魔女裁判

 に懸けてはいけない」(『わが告白』)と述べている。ここに原発容認派の論議を加えると、

 今回の特集自体が成立するのだろうかとも気になった。我々の議論はいまだ半分だけの

 まま宙に浮いているのではないのだろうかとも思えるからだ。

  「短歌研究」では、「戦後七十年を振り返る」として特集を組んだ。その中で特に注目すべ

 きは、復刻した昭和20年9月号を巻末付録にそのまましたことだ。

  この号は、戦中に編集され、戦後に刊行されたものである。これを三枝昴之が解説して

 いる。

  復刻号を手に取ると、巻頭の文章は、中村武羅夫が次のような書き出しで始めている。

 「日本の国体が比類なく神聖にして、尊厳極まりないことは、わが国の歴史がこれを証明し

 てゐるし、古来幾多の詩歌に依つて歌はれ、文章に綴られ、国民等しく知悉してゐるところ

 である」。また佐々木信綱の〈吾が大君大御民おぼし火の群が焼きし焦土を歩ませ給ふ〉

 の歌が、作品の巻頭を飾っている。

  しかし編輯後記には、「本号はたまたま時局転換の際に校正したため種々の関連上快

 心のものにならなかった。次号以降は、倦土重来を期して重厚な編輯を続けるつもりであ

 る。尚ほ本号の原稿及び作品はその筋の御注意もあつて八月十五日以前の色調を拭消

 するため削減訂補するの已むなきものもあつた」とある。その筋とは、三枝によると占領軍

 検閲だと言う。一方、「短歌がこれからどう成行かは情勢次第で種々な意見が出るだろう

 が、御詔書の第御心を副つて国体の尊重、民族の興進に随伴する文学たらねばならぬ」

 と戦時と変わらぬ立場を保持する見解を述べるなど、多少の混乱が読み取れる。戦争終

 結後の9月号ではあるが、戦時最後の短歌界の空気を生々しく伝えるものだ。いずれにせ

 よ、生の資料の持つ意味は圧倒的である。

  「俳壇」では、特集「戦後70年―戦争と平和を詠む」を組んでいる。巻頭のエッセイは、医

 師日野原重明が書いている。さらに、戦中体験のある金子兜太にはじまる18人が、俳句

 作品5句と戦時の体験を中心としたエッセイに筆を執っている。俳句は兜太の〈水尾の果

 炎天の墓標を置きて去る」などの旧作も掲載。なかには戦後生まれの岸本尚毅、長谷川

 櫂らも書いている。岸本は「ふだん、戦争というものを視野から消して俳句を作る」と述べ、

 「〈戦争の影のない俳句の世界〉と〈戦争のある現実の世界〉とは地続き」であると捉え、戦

 争を「ネガティブな形で意識に刻印」していきたいと述べていることに共感を覚える。掲載さ

 れた岸本の句、〈疎開とも避暑とも虚子は杖をつき〉の世界は、まさにそのことを表現した

 とも言えると思う。

  「俳句」では、特別企画として、「戦後70年 戦争と俳句」を組んだ。内容としては、「平和

 への願いと俳句」と題した対談(兜太と宇多喜代子・聞きて高野ムツオ)、西山睦に始まる

 戦後生まれによる、「俳壇史に残る戦争俳句」の抽出と小論。さらに矢島渚男ら8人のエッ

 セイ、「私の戦後―俳句とともに」である。

  対談の兜太は、先に触れたようにまさに戦場の体験者である。宇多は戦争が終わった時

 は7歳であったが、俳人としては、新興俳句の片山桃史や藤木清子の編纂や戦争俳句に

 も優れた仕事を残している。対談の内容は、戦時の話から、現在論議が続く安保法制にま

 で及ぶ。いずれも現在の状況に対する二人の危機意識が随所に表れて、肉声が響いてく

 る。

  いずれの総合雑誌においても、内容的には回想の方に傾き、戦争・戦争俳句・戦後俳句

 に多くの比重がかかっている。回想から現在をいかに語るかこそが問われているのかも知

 れない。岸本の言うように、平和と戦争は表裏であるからだ。その意味では、今回の特集

 については、若い俳人の参加と視点が極めて少ないのが気になった。さらに一回のみなら

 ず形を変えた特集が求められているように思える。





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