小 熊 座 2015/6   №361 小熊座の好句
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     2015/6   №361 小熊座の好句  高野ムツオ



    東京のどこも絶壁飛花落花        我妻 民雄

  前にも触れたかもしれないが、東京は谷の街である。渋谷、千駄ヶ谷、四谷など地

 名を挙げ出すとその数はかなりに上る。しかし、地形的に谷が多いのは、いわゆる

 山の手と呼ばれる台地で、下町ではない。下町にも谷地名が残っているが、それら

 は「や」「やち」「やつ」といった湿地を指すアイヌ語の名残りだといわれている。西日

 本には数が少ないのだそうだ。実際の地形以上に「東京は谷の街」との印象が残る

 のは、この地名の多さによるのだろう。しかし、私には、他にも理由があるように思わ

 れる。それは東京こそ、人間社会の深い谷間が限りなく存在しているところであるか

 らだ。「谷」は地形ばかりでなしに人間と人間の間にあるのだ。この句の「絶壁」も同

 様といえよう。東京の絶壁と言えば、高層ビル群を脳裏に描くのは私だけではないだ

 ろう。その絶壁はまた、そこに暮らす人々の心の中にもそびえ立っている。もっとも、

 これは田舎者のやぶにらみかもしれない。ただ、青年期に東京暮らしを経験した私

 には、どうしても、そう感じられるのである。それにしても、その絶壁をかすめながら

 散る桜の、なんと決然として潔いこと。

    東京の朧の隅に着所寝          土屋 遊蛍

  この句は、そうした絶壁だらけの東京に偶々訪れた時のものであろう。在住者の作

 と読めない訳ではないが、「着所寝」の漂着感は旅人のものとするのが自然だろう。

 「朧」は季語の情趣を超えて、人間社会の有り様まで暗示していて、そこに諧謔も漂

 う。

    その下に金輪があり夏の草        大場鬼怒多

  「金輪」は五徳などを意味する「かなわ」ではなく、「こんりん」であろう。仏教の世界

 観では、この世は九山、八海、須弥四洲から成り、それを支える金輪、風輪、水輪と

 いう三輪が三層をなして地下にあると言われている。金輪がいちばん上である。人間

 世界は、どうやら、九山八海のほんの一部分であるらしい。難しいことはともかく、こ

 の句は、たくましく茂る夏草を眼前にしながら、その地下に存在する、この世を支える

 広大無辺の世界を思い描いているのである。

    花冷えの花は夕暮症候群         春日 石疼

  「夕暮症候群」とは、認知症患者に見られる症状の一種で、夕方になるとそわそわ

 し始めたり、声を荒げたり徘徊を始めたりすることであるらしい。この句は、花冷え時

 期の花もまた、その病に懸かっていると想像した句である。確かに暮れ方の、それも

 少し冷えてきた頃合いの桜は、どこかへ彷徨いたがっているように感じられる。

    花冷映し校庭の水溜り           佐藤 レイ

  こちらは、その花冷時期の冷えが水溜りに映っていると感じたものだ。花ではなく冷

 えそのものであるところが、この句の発見といえる。

    大樹なお齢のありて緑立つ         小笠原弘子

  老いてなおの生命力が横溢している。





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