小 熊 座 2015/1   №356  特別作品
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      2015/1    №356   特別作品



        聖 塚         阿 部 菁 女


    トンネルを出て霧ごめの葡萄沢

    牧草の芽を離れゆく朝の霧

    種山の藁をくすべる香にむせる

    北行伝説始まる峠濃竜胆

    稲子跳ぶ又三郎のマントから

    蝗とぶ小さき影をふり捨てて

    蝗跳び三角点の石の上

    刈田より遠き足音びんざさら

    納豆は大粒がよし刈田晴

    菊の香を詰めふるさとの荷が届く

    柴栗を拾ひつつ森深くまで

    ころころとゑのころぐさの笑ふ土手

    種山の蛇口ひねれば鵙の声

    種山ヶ原霧にジンジャーエールの香

    台風のこぼして行きし鳩一羽

    台風一過姥杉に日の昇りくる

    姿なき者等さざめく大花野

    みちのくの遺跡の丘の赤のまま

    地虫鳴くストーンサークル嵐去る

    松匂ふ野分の去りし聖塚



        秋           中 鉢 陽 子


    こきりこの里や物焚く豊の秋

    ほおずきを吊すや民話正座して

    五箇山の狭き青空蔦紅葉

    越中五箇山実り田の小さきこと

    焼味噌の香る合掌村祭り

    芋の露みるみる太る芋の里

    山里の小店の奥に秋点す

    シャツ干さる合掌村の蕎麦の花

    朝刈りの千草を背負篭に立て

    こきりこの里の日溜りカンナ咲く

    草の実をつけて信濃の宿に着く

    種山の漆紅葉やカレーの香

    種山が原の古道や虫しぐれ

    腰伸ばす農夫ひとりの刈田かな

    帽子ま深に賢治の帰る刈田道

    長屋門入る晩秋白い月

    ドアベルの珈琲店のりんごかな

    照紅葉ここより先は南部領

    ドリップコーヒー絵から紅葉が降ってくる

    さらさらさら白樺黄葉しゃべり出す



        裳 裾         渡 辺 規 翠


    竜田姫裳裾の音が夢の中

    晩秋の星座を辿る津輕三味

    佛にも鬼にもなれず木の葉散る

    初冬の灯しがかすむ露天風呂

    口下手な人を集めて落葉焚

    トンネルを抜けて陸橋冬に入る

    長き夜を止つたままの掛時計

    木枯に縄文人の声がある

    肩書きは昔の噺冬帽子

    枯蓮に言葉がありて人を恋ふ

    ピツコロに誘はれて居る落葉籠

    佛滅の日差しを集め冬葎

    今日の我昨日の吾や冬木の芽

    トランペットの風に乗りたる冬の蝶

    雪かむる蔵王連峯雪明り

    コルク栓外して行きし雪女

    宝石のひとかけらなり冬菫

    銀河から届きし明り雪兎

    極月の海からあがるピアノ音

    ビー玉が転がつてゆく年の暮



        定位置         山野井 朝 香


    バスを待つ表参道いわし雲

    小説の続き刈田の中をゆく

    逡巡の言葉のありて蕎麦の花

    放浪の疵跡のありラ・フランス

    傘立てに蟋蟀のいる美容院

    とまどいを形にしたる樗の実

    丹田に息ひそませて紅葉山

    百舌鳴くや舟を見に行く誕生日

    紅葉山よりティンパニが鳴りやまぬ

    人参のグラッセ利き手をゆっくりと

    北窓を塞ぐや点る電子辞書

    山茶花のすぐにも散りたそうに咲く

    すぐわかる嘘にはじまる落葉焚き

    加齢すんなり定位置の寒卵

    含羞のふっと生まれし冬の湖

    冬の昼喪の家の地図受信せり

    風花の熟知の森を眠らせて

    冬日差す港町にて散会す

    胸中の滝音やまず久女の忌

    おとうとを中州におきし小春かな



        羊探しに        関 根 か な


    喧嘩して仲直りして秋夕焼

    桟橋に腸の影秋に入る

    たましひは無色にあらず赤のまま

    遺影無き通夜の遺影となりし月

    死ぬ夢を見ては鰯雲の数

    けふもまた本心鬼灯の中に

    花野には遅刻しないで行くつもり

    笑つてゐるはずです明日の朝顔は

    秋時雨サーカス次の町へ行く

    パスワード忘れて秋の雨の降る

    秋の蝶ずつと一緒は無理無理無理

    秋の夜のロイヤルホストでさようなら

    別れたくないなら柘榴食べなさい

    世の果てを見届けるだらうあかとんぼ

    青猫も吾も行くあて無くて冬

    胸中に棲む青猫の息白し

    亡き人も見てゐし冬の月ひとつ

    羽根と翅そして翼より冬日

    雪催ひ羊探しに行きませう

    冬蝶にほんたうのこと話します





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