小 熊 座 2014/11   bR54  徘徊漫歩11
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     2014/11  bR54   徘徊漫歩 11


               詩語の開拓

                                     阿 部 流 水


   文学は言葉の芸術だから、言葉を大事に扱い、表現を工夫する。とりわけ俳句

  は五・七・五という定型の短詩であるから、季語はもちろんのこと、一語一語を厳選

  吟味してかからなければならない。鬼房の作句における言葉の用い方には独特の

  個性があり、色調も韻律も鬼房ならではのトーンに染められている。体質的な独自

  の感受性がしからしめるのであろうが、傍で見ていて感じたのは、言葉に対して貪

  欲と言えるほどの研究熱心さが俳句にも表れていることだ。

   鬼房の書房にお邪魔した時、座右の書を何となく眺めていると、辞書類がやたら

  多いのに気が付いた。広辞苑、漢和辞典、歳時記、動植物辞典などに交じって音

  楽中辞典があるのでオヤッと思った。私が新聞社の学芸部での仕事上必要になっ

  て買ったばかりの音楽辞典と同じ物だったから印象強かった。音楽を取材している

  と、和声だ、対位法だ、アカペラだなどと音楽用語が出てくるから辞典も必要だが、

  俳人と音楽辞典の取り合わせは意外だと思った。 〈夏枯草やテノール歌手は太り

  (じし)〉 〈夜長の牧羊神(パン)マリヤカラスに痺れたる〉 など、鬼房は音楽を主

  題とした句も果敢に作っている。 〈みちのくは底知れぬ国大熊(おやぢ)生く〉 〈

  距離寝台列車
(ブルートレーン)
のスパークを浴び白長須鯨(ながす)〉などと、ルビ

  を自在に駆使するのも鬼房の特徴だ。外来語や方言もルビとして使う。民謡や俗

  語なども詩語として生かそうと実験、工夫する。

   若いころ「鬼房は語彙が限られて貧困だ」と批判されたことがあり、発奮して語彙

  を豊かにする努力をしたという話を鬼房から聞いたことがある。その反動か、特殊

  な固有名詞や難しい漢字でも何とか使いこなして俳句に生かそうとする意欲は大変

  なものだった。〈死児乾き慢性の飢餓アコロ・アコロ〉(第九句集・『半跏座』)の句に

  接した時はびっくりした。「アコロ・アコロ(食べものを下さい)二句」と添え書きして、

  アフリカの言葉を使いながら飢餓を詠んでいるとは、鬼房俳句の視座の広さに驚い

  たのである。

   平成三年に広辞苑の第四版改訂版が出た時には、発売と同時に買い込んだ鬼

  房が、句会の折などに新しく収容された言葉について言及し、収容されるべき言葉

  がまだあるのに、と話すのを聞いた。そんな時は「言葉の狩人」とも言うべき詩人の

  厳しい一面を垣間見たという思いを深くした。

   『名もなき日夜』 『夜の崖』 『海溝』 『地楡』 『鳥食』 『朝の日』 『潮海』 『何

  処へ』 『半跏座』 『瀬頭』 『霜の聲』 『枯峠』 『愛痛きまで』 『幻夢』。 第十四

  句集までの全てを並べたのは、いずれも鬼房が選び抜いて一句に使った言葉であ

  り、象徴的な表現のうまさが際立つ言葉ばかりだからである。「海嶺」「溺れ谷」など

  の言葉は、海底の隆起や陸地の陥没、浸食などによって起伏が激しい塩竈の風土

  を表すが、俳句の風土性を重んじた鬼房のためにあるような気さえする。それは鬼

  房の肉声と一体化して言葉が使いこなされているからであろう。





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