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 小熊座・月刊 
  


   2014 VOL.30  NO.353   俳句時評



         クール・ジャパン

                              
大 場 鬼怒多


   最近のテレビを見ていると、外国人が日本の伝統や文化を再発見し紹介する番組をよ

  く目にする。自信を失いかけている日本人を再認識させてくれる絶好の場となっている。

   先日も俳句を紹介する場面があって、「Haiku」とは何か? というところから番組が始ま

  った。俳句は「Sushi」と同じくらい世界に知られているという。年齢や国籍を問わず、多く

  の人々が短い詩を自作し、それを俳句と呼んでいて、いまや俳句は国際的な芸術なので

  ある。

 ① 俳句は五・七・五の十七音で綴られる詩で、世界でもっとも短い詩と呼ばれていま

    す。

 ② 句会で自作の俳句を披露し合うのが、多くの人の楽しみとなっています。

 ③ 俳句の特徴は季節感にあります。原則として一句に一つの季語を折り込みます。

    (例えば、春は椿・夏は花火・秋はすすき・冬は鶴)

 ④ 季語を集めた「歳時記」には、日本の春夏秋冬を表す言葉が並びます。

 ⑤ もうひとつの特徴は「切れ字」です。

      閑かさ岩にしみいる蝉の声

      夏川を越すうれしさ手にぞうり

      島々に灯をともしけり春の海

  
   句の中に一ヶ所言葉の流れを区切るポイントを作ります。

      古池や蛙とびこむ水の音


   芭蕉の有名な俳句を見てみましょう。

    古びた池に蛙が飛び込む水音が響くという描写です。

    古池やの「や」が切れ字です。短い間ができ、行間を読む機会が生まれます。


   日本の文化では「間」に美しさを見出し、余白を想像して楽しむわけで、切れ字は余白

  を大切にする水墨画と通じるものがある。室町時代に「連歌」という形式が流行した。連

  歌とは、別の人が短い詩をつないで長い詩にしたもの。


      鳶の羽も刷ぬはつしぐれ           去来

      一ふき風の木の葉しづまる          芭蕉

      股引の朝からぬるる川こえて         凡兆

      たぬきをおどす篠張の弓           史邦

      まいら戸に蔦這かかる宵の月        芭蕉

      人にもくれず名物の梨             去来

          (猿蓑集巻の五 鳶の羽の巻 表六句)


   この最初の句を独立させたのが俳句の始まり。そして俳句を洗練させ芸術の域にまで

  高めたのが、江戸時代の松尾芭蕉だ。芭蕉の俳句は多くの言語に翻訳され、世界的な

  評価を得ている。極限まで切り詰めた言葉で無限の世界を表現する俳句は省略を愛す

  る日本人の生んだ言葉の小宇宙なのだ。 ただ、俳句の繊細さを翻訳するのは難しいこ

  と。

     The ancient pond.―

      A frog jumps in,

      The sound of the water.


   これはドナルド・キーンの訳。一行目、「The」と訳したのが面白い。それは芭蕉が特定

  の池を思い浮かべたということになるからだ。「An ancient pond」だと、どこにでもある古

  い池になってしまう。キーンは日本語の「音」という言葉の曖昧さに注目し、単に「sound」

  と訳している。それによって蛙のサイズを想像する余地が生まれ、小さなポチャリという音

  なのか、大きな水しぶきをたてる音なのかが判断される。切れ字の「や」を表現するのに

  ダッシュ記号を使っている。 一瞬の間が詠み手(聞き手)の想像力を刺激することにな

  る。俳句は短いためにより効果が現れ、古池の閑けさを考える時間を生んでいる。

   西洋の詩には決まったリズム、韻律がある。例えば英国詩人ウォルター・デ・ラ・メアの

  「銀」の冒頭は、

     Slowly, silently, now the moon  (ゆっくり そっと 月を歩く)

     Walks, the night in her silver shoes,  (夜の空 銀色の靴を履き)

     This way, and that, she peers, and sees  (あっち見て こっちみて)

     Silver fruit upon silver trees,  (銀の木に 銀の実を見つける)


   英語で詩を書くのは難しい。それは韻を踏まなければいけないから。日本語でも慣用句

  ・ことわざ・広告などで韻を用いることはあるが、詩では多くはない。韻は特に耳に心地よ

  く、歌手であれば、歌詞を覚えるときの手助けになるという。西洋の詩の伝統というのは、

  だいたいが人間中心で、もちろん恋の歌も多い。自分の思いを述べたり、理屈・観念を

  歌って、自然そのものを歌うというのはあまりない。花がきれいだとしても、あるいは花を

  女性の美しさの比喩として使うことがあっても、花そのもの、自然の風景そのもので詩を

  成り立たせることがあまりない。

   日本で生まれた俳句は、ヨーロッパを手始めに世界の共通文化「Haiku」となった。言い

  換えれば、俳句が独立した詩の形態として認められるまでになった。「言いおおせて何か

  ある」と芭蕉はいう。逆にいえば、何もかも言い尽さないことが大事。読者によってふくら

  まされる俳句。読者が補って初めて作品が完成する俳句。それは短詩型というところか

  らくる大きな魅力でもある。すべての深遠な文化には、グローバルな発展を遂げる素質

  が備わっているに違いない。芭蕉が記した「西行の和歌のおける、宗祇の連歌における

  雪舟の絵における、利休が茶における」クール・ジャパンの簡素さと調和性の存在として

  の「Haiku」という表現手段がそこにある。






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