小 熊 座 2013/7   №338 特別作品
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      2013/7   №338  特別作品


        初 夏            清 水 智 子


    夏はじめ行き過ぐ少年木の匂い

    蔵店に奥行きのあり新樹光

    よもすがら桜の散りて啄木忌

    山峡をより深くして山桜

    プール出て水の重さを背負い来る

    飢えありし名残のような葱坊主

    死に際を思えばむらさきつつじかな

    老境や満天星の花雫せり

    ふと失せし詩片にさくらさくらかな

    夕暮は折り目正しき白牡丹

    眞面目さは花どくだみの所為なりし

    みずからの影を急かせて夏の蝶

    早苗田は風のかたちに夕日影

    麦秋や記憶の底の紙芝居

    反骨の色走らせて縞蜥蜴

    乗り継ぎの間にあり東京駅おぼろ

    父の影消え対岸の花筏

    雪嶺を真下に機内無音かな  能登

    茶屋街の紅殻格子風光る

    一湾を跨げる橋や春夕焼



        冬満月           橘   澪 子


    春蘭けてわれら余生の昭和歌

    走りゆく雲は眞夏のかたちして

    風のたび大空仰ぐ猫じやらし

    誰も来ぬ晩春の夜の大鳥居

    車椅子連れ立つゆくて赤蜻蛉

    若柳洗ふや水のねむりけり

    咲き満ちて疼くものあり曼珠沙華

    雨うつやみどり葉つくす濃紫陽花

    迷妄の九十齢は葉桜に

    石狸欠けて露地道五月晴れ

    枯芒この世の息をしてをりぬ

    人間を少し休んで水中花

    わけもなく笑ひはしない蛍草

    郭公の鳴かずの森は夜が棲む

    終に往く道はありけり冬満月

    凩や断崖払ふ松の影

    顔上げぬ夕顔人に刈られけり

    大鴉寒夕焼をのがれくる

    山里の奥に紅さす余花一枝

    寒牡丹近寄ればこそ遠くある



        岐阜蝶           大 西   陽


    桐咲いてこの世に未練なかりけり

    花浴びて沿線にある競馬場

    青胡桃天馬の腹に足かけて

    矢車草いつも記憶の片隅に

    母の日や母より永く生きてやる

    誰に会ふために生まれた岐阜蝶は

    煩悩の塊として葱坊主

    おぼろ夜の枕はすでに乾きをり

    芥子ひらく夜見まで見ゆる心地して

    蟇鳴くや月をいびつに桜桃忌

    蚕豆やまだ青臭き夢ありて

    春満月硯の海のかわきをり

    黴の花開く音する午前二時

    哀愁を一つまみほどだだちや豆

    くわりんの実髑髏のごとく並べられ

    輪中には輪中の気質花うばら

    真昼間の闇が貌出す花あふち

    恋の猫築百年の家を出て

    蕺草や恋の呪文も解けるころ

    花樗どんどん人が悠くなる

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